2021年4月19日月曜日

行間を深読みせよ。

少年Youtuber・ゆたぼんが、自身の動画の中で「中学校に行かない」と宣言したことについて、夜回り先生こと水谷修さんが「エールを送った」との記事を見かけました。




この記事をさっと一読すると、水谷さんはゆたぼんくんに対して「ありがとう」と言い、誹謗中傷などもってのほかと述べているので、彼に対して応援の気持ちが強いのかなと感じられます。でも、最後まで読んでみて「ん?」となるわけです。
ゆたぼん君を批判している人たちにお願いです。止めましょう。こんな小さな子どもが、自分で必死で決めたことです。そっと何も語らず、彼のユーチューブも見ず、そっとしておいてあげましょう。そこから、きっと彼は、また次の人生を自分で考えて生きていきます。

記事はこのように締めくくられています。 ここだけ読むと、ゆたぼんくんのYouTubeは見ないようにしましょう、と呼びかけています。中盤まで続く「エール」とは少し違う印象を受けますね。そのことを念頭に置いてもう一度記事を最初から読み直してみると、水谷さんの伝えたいことってもっと別のところにあるのではないのかと思えてきたわけです。

以下、僕なりにこの記事を推察してみたいともいます。

エールの影に

そもそもYoutuberゆたぼんを応援するのであれば、もっともっと動画を見てあげましょう!となるでしょうが、水谷さんは見ずにそっとしておきましょうと仰っています。つまり、水谷さんはゆたぼんくんの現状についてはどちらかというと否定的なのではないかと推察します。

ゆたぼんくんが自分の言葉で「行かない」という発信・行動をしたことは認めつつ、それでYoutuber活動をしていることについては好ましく感じていないとすれば、理由はどこにあるのでしょうか。水谷さんは記事の中で「義務教育を受けさせないことは犯罪」ということと「(ゆたぼんくんの言葉は)自分の言葉ではあるけれど、親の影響もある」ということについて言及しておられます。僕はこの部分に、何か怒りのようなものを感じてしまうのですが、どうでしょうか。

水谷さんは明言しておられませんが、これは親に対する怒りが込められているのではないか、と考えました。あくまでゆたぼんくんが自分の言葉で語っているという前提に立ちつつ、とはいえ親は何やってんだ、と。それが子どもを矢面に立たせることに対してなのか、何なのかまでは考え付きませんが。

その後、水谷さんはゆたぼんくんが学校に「行かない」という視点で、新たな不登校の姿を明示してくれたことに対する感謝を述べておられます。これによって記事はなんとなくポジティブな印象を受ける内容に仕上がっています。しかし、分解して考えてみると、そうでもないように思えませんか?

個人の見解です

まぁあくまで僕が勝手にこのように感じただけであって、真意については知るはずもありません。まったく的外れなことを書いてしまっていたら申し訳ありません。あくまで「個人の見解です」ということで、ご勘弁ください。

2021年4月16日金曜日

まなふぃーばー第2波、本当にありがとうございます。

2021年2回目のまなふぃーばーが来ています。

(※注)まなふぃーばーとは

アイドルグループ日向坂46の一期生メンバーである高瀬愛奈さん。これまでなかなかスポットライトの当たらなかった彼女が、冠番組などグループ全体の活動にとどまらず、個人としての仕事(通称「外仕事」)が続き活躍している様を指す。と僕は勝手に思っている。

というわけで、ここ最近起こっているまなふぃーばーについて、僕の把握している範囲でまとめてみました。

冠番組「日向坂で会いましょう」において

まず、「メンバーの素顔をもっと知りたい!これが私のマイルール」という企画において、高瀬さんが自身の荷物が多くてカバンがいつも閉まっていないと暴露されたときに突っ込んだ「それは盛ってるで!」が、後日そのまま企画タイトルになり、いい感じでフィーチャーされてます。

「それは盛ってるで!」企画の1回目は3月15日に放送されましたが、4月18日深夜の放送で第2回が行われるとのこと。これ、個人的にすごいなと思うのが、この放送からいよいよひかりTVなどで全国どこでも見ることができる見逃し配信が始まるんですよ。その一発目に高瀬さんの冠企画が来るって、なかなか良い扱いなんじゃないかなと思います。

レコメン!火曜日へのゲスト出演

4月20日深夜に文化放送のレコメン!へのゲスト出演が発表されました。火曜日のレコメン!は同じグループの加藤史帆さんがレギュラー出演しているのですが、加藤さんはいつも「まなふぃとは2人でのラジオ共演NG」とか言ってて、ネタとしてちょくちょく名前が出ていたのがついにゲスト出演です。

本人も出たいと仰っていたので嬉しいことなのですが、この日のレコメン!では日向坂46の5thシングル「君しか勝たん」の音源解禁もあるとのことです。この大事なタイミングでキャスティングされるってなかなかじゃないでしょうか。

そもそも加藤さんは、1月に発売された日向坂46新聞2021年冬号で「まなふぃをもっと目立たせたい」と仰っており、冠番組では高瀬さんをいじりにかかり、レギュラーラジオではたびたび名前を出すなど有言実行のサポートをされています。いじりながら高瀬さんの個性的なところを発信しておられ、メンバーの絆を感じずにはいられませんね。

ざっと書き出したらこのような感じですが、なんだかもっといろいろ続いてくれるのではないかと期待してしまいます。嬉しいお知らせ、これからも楽しみにしております。


まなふぃーばー!

2021年4月15日木曜日

歩行者の善意が独り歩きしている、歩行者だけに。

交差点、歩行者信号は青、横断歩道を渡っていると、左折してきた車がこちらの横断を待ってくれている。こんなとき、あなたならどんな風に振る舞いますか?


これに対して、ほとんどの方が「待ってくれているので、駆け足で横断歩道を渡りきる」と答えるのではないかと思います。自動車を運転している人の気づかいに対し、歩行者の側も気づかいで返す。うん、すばらしい心のやり取り。

で す が 。

僕も運転する側であるとき「もう走らなくていいからゆっくり渡って~」と声を大にして言いたくなるケースがよくあります。高齢者の方、重そうな荷物を抱えている方、小さな子どもの手を引いていたり抱っこ・おんぶをしている方、などなど。いやもうぜんぜん待つから!と思うのですが、善意で駆け足の横断をしてくれる方が世の中にはたくさんいます。

もうね、やめませんか。そもそも、横断歩道は歩行者が優先されるエリアなんですよ。なので、横断者がいる場合に自動車が待つのは義務なんですよ。これは道路交通法の第三十八条に定められています(条文についてはコチラをご参照ください)。上に一度「善意」なんて書きましたけど、善意でもなんでもなく義務なんです。もしかしてなんですけど、学校で交通ルールを学ぶ際などに急いで渡るように指導していたりしないですよね。だとしたら、教育のしかたから見直さなきゃならんと思いますよ。まぁ普通に駆け足で渡ることに問題がない人は、歩行者側の善意としてそのようにしても問題ないとは思いますが。

ちなみに、僕は歩行者の側に立ったときは自動車側の態度によって横断するスピードを変えています。自動車の方が明らかに一旦停止の義務を理解していて、余裕をもって待ってくれているときは善意として少し駆け足で渡ります。逆に、こっちが横断するのを急かすような態度で横断歩道に迫ってくる車に対しては、わざとらしく堂々と、ゆっくり横断します。急かしてんじゃねぇよバカヤロウ。

あなたは、自分が歩行者のとき、あるいは運転者のとき、どのように対応していますか?

2021年4月14日水曜日

記憶に残ったか、どうか。

今回は短いです。

ずばり、芸人さんのネタとPRの融合について、です。

先日ネットニュースで、M-1グランプリ2020チャンピオンのマヂカルラブリーさんが、脱毛サロン「キレイモ」の入社式に登場し、キレイモのブランド名を織り交ぜた漫才を披露されました。以前からあったネタのオチにキレイモを入れ込んだ形の漫才になっていたのですが、思えばこういったPR融合型の漫才っていつからあったんだろうと考えてみました。

結果、いつからあったかは答えが出なかったのですが、明らかにこういったものが流行りだしたのは2020年からだと思います。少なくとも、一般人目線で肌で感じるのは去年からです。理由はシンプル、M-1グランプリ2019のチャンピオンがミルクボーイのお二人だからです。

皆さんご存知の通り、ミルクボーイさんがM-1で披露した「コーンフレーク」「もなか」などのネタは、中核となるワードを変えることで様々な応用が利きます。2020年の1年間でミルクボーイのお二人がワードを指定されて作った漫才はかなりの数になっているのではないかなと思います。

ミルクボーイさんのネタ構成は素晴らしい発明だと思います。なので、ミルクボーイさんのネタだからこそ対応しやすいことを「じゃあマヂカルラブリーさんも…」となったらあまりに安直すぎない?と思ってしまいます。

最近YouTubeを見ていると、ミルクボーイのお二人が関西ペイント社の「接触感染対策テープ」のPRとして披露している漫才が良く流れてきます。このネタの中では同商品の名前が連呼されるので、ぼんやり見ていても商品名はある程度記憶に残りました。PR動画の冒頭で内海さんが「ほな関西ペイントやないか!」と言っていたので、社名まで覚えてしまったぐらいです。

対してキレイモの方は、まぁ入社式用なのでPR重視ではなかったと思いますが、ブランド名は記憶に残っていませんでした。この投稿を作成するにあたり、Yahoo!ニュースを遡って調べたぐらいです。

断っておきますが、僕はマヂカルラブリーさんのネタ大好きです。マヂカルラブリーさん自体好きになって、オールナイトニッポン0の放送が始まってからは毎週聞いています。めっちゃ面白いです。リスナーもなかなかの狂った人ぞろいで、投稿メールまで面白いこと…。だからこそ、今後マヂカルラブリーさんのお仕事が増えていく中で「無理のあるPR」が増えなきゃいいな、とは思ってます。マヂカルラブリーさんのネタはやっぱり世界観ありきだと思うので。

吉本興業さん、仕事はちゃんと選んであげてくださいね。余計なお世話でしょうけど。

2021年4月13日火曜日

価値あると予想されるものを買う。

先日、ソフトテニスの勉強の為に1冊の本を買いました。


発行が2012年の本で、あまり在庫がありませんでした。僕が購入したのもAmazonで中古で見つけたものです。

2,200円の価値があるか

今、上に貼ってあるリンクには値段がいくらで表示されているでしょうか。この本の定価は2,100円です。本の後ろにそう印刷されています。これに対し、僕がAmazonで購入した時の価格は中古で2,200円でした。約10年前の本が定価より高く取引されています、しかも中古で。ちなみに楽天で探した時は4,000円超のものも出てきました…。

希少価値がついて中古のものが高い値段で取引されるのはままあることだと思います。なのでそれについては特に問題ないとして、大切なのは僕にとってこの本が2,200円を出す価値があったかどうか、です。

ギャンブルである

世の中にはソフトテニス、テニスの技術本は山ほどあります。あれもこれも読みたいといって手を出していたらお金がかかって仕方ありません。ですので、買うときはある程度狙いを絞っていく必要もあるでしょう。その中で、僕がなぜこの本を選んだのか。中身、読んだことないんですよ?

僕がこの本を読んで2,200円分の価値を見出せるかどうかは読んでみないとわかりません。これには2つの視点があって、1つはこの本自体が2,200円の価値を持っているかどうかということと、もう1つはこの本の中から2,200円分の価値を抽出できるかどうかということです。

まずは後者について考えると、厳密にいえばこれはこの本から何%の価値を引き出す力が僕にあるかどうかという話になります。僕に読解力や応用力がなければどれだけ価値の高い本を読んでも引き出せるものは少なくなります。逆も然り。なので前者も併せて考えたとき、この本の持っている価値が例えば10,000円分ぐらいあるとして、僕がその価値を100%引き出す能力があったとしたら、最高ですよね。

ここでギャンブル要素が出てくるわけですが、そもそも本そのものの内容がふたを開けてみたら「2,200円分もないじゃないか…」とうことはあり得ます。あまり大きな声では言えませんが、今まで買ってみた技術書の中にはそういう本もなかったわけではありません…。書店で本を買う場合は多少中身を閲覧してから買うことができますが、今回はネットショッピング、中身をうかがい知ることはできません。しかし、僕は今回の買い物をある程度「勝てるギャンブル」と認識して即決することができました。ではその勝ち要素は何か?

それは見て強くなる!ソフトテニス塾の東塾長が参考にし、紹介しているということです。

僕は東塾長のオンライン塾にも参加しているぐらい、色々と自分のトレーニングや子どもたちへの指導の助けになっているので塾長に信頼感を持っています。なので、その相手が参考にしている本だから買う価値は十分にあるだろう、という判断です。

商売は人と価値

サービスや商品の価値がどれだけ高くても、それが売れるとは限らないですよね。まぁ塾長はこの本を売っているわけではないですが、たぶん勧めている人が他の人だったら「へぇー。」でスルーしていたと思います。「誰が」売っているか、勧めているかというのはときに間違いを犯すこともありますが、往々にして人の判断の大きな材料になるものです。人の魅力と、モノ・サービスの価値、これらがうまくかけ合わさったときに、ビジネスは上手く回りだすのかなと改めて感じました。

2021年4月10日土曜日

これがお国柄だったら本当に終わってる。

まー毎日毎日とんでもねぇなってニュースが目に入ってくるもんで。今回のはなかなかにセンシティブな内容かと思いますが、あえて書きたいと思います。


あまりにもな内容なので苦手な方はニュース記事を開かないことをお勧めしますし、この記事についても読むのはここでおしまいにしていただいて構わないと思います。

人が人でない価値観


当たり前ですが、女性は人間です。モノではない。「人間であること」において男女の差はありません。人間である以上、親からしたら男であろうが女であろうが「我が子」であるはずです。その「我が子」である娘がレイプをされたと被害を訴えたら「家族に恥をかかせた」という思考に至るとは、これはもはや全く理解のできない価値観の相違です。というより、このような思考を「価値観」というくくりで考えたくありません。なんでこんなことになっているんだ?

恐ろしいのは家族が被害者少女を「家族の恥」と切って捨てるだけでなく、その辱めを見て嘲笑し、暴力を振るい、それに賛同する大衆が存在するという事実です。少人数の異常行動に対して恐怖を感じて遠巻きに見るしかない大衆なら存在してしまうかもしれません。これも結局助けないという意味では同罪に近いですが、僕だってそんな大衆の一部になる可能性を捨てきれないのも事実です。しかし、その様子を見て高揚し、愛国スローガンを叫ぶ者すらいるというのはどういうこと?

インドからは性暴力被害に遭った女性がさらにひどい暴力を受けるというニュースがたびたび流れてきます。これはこの国のすべてを映しているわけではないだろうし、一部だと信じたい気持ちはありますが、いずれにしても到底看過できない風潮があるのは事実です。インドは非常に発展目覚ましい国だと聞きますが、経済や技術の進歩にかまけてこのような人権に関する認識の低さを放置することは、この国にとってデメリットしかないと思います。

一つの国の社会における倫理観や価値観というものはそうそう簡単に変わらないものだとは思いますが、このニュース記事によると同国の有名女優が非難の声をあげているということは光明かもしれません。少しずつでも前に進んで行ってくれることを願わずにはいられません。また、被害を受けた少女にはこの先の人生で必ずや幸せをつかみ取ってほしいと心から願います。

2021年4月8日木曜日

パワハラって二極化してない?

まーたろくでもないニュースを目にしてしまいました。



生徒を心理的に追い詰めるだけで指導をしない教師。これが10年前から常態化していたことが明るみに出たようですが、十分すぎるパワハラですね。この看護学校の体質が劣悪なものであることは議論の余地はないとして、僕は「パワハラ」というものについて考えたいと思います。

昔はパワハラなんて当たり前?

パワハラという言葉が普通に使われるようになって、それこそもう10年ぐらい経つんじゃないですか?知りませんけど。で、会社やスポーツ指導現場とかでのパワハラの話が出るたび、一定数「昔はこんなの当たり前だった」を語る層が出てくるんですよね。そして「時代は変わったんだ!」で話が終わる。ここまでテンプレのような気がします。

確かに、昔ながらの日本の組織ってパワハラ体質なところがかなりあったと思います。それに対して、昔の人たち(というのは失礼かもしれませんが)は歯を食いしばって頑張ってきたから今があるんだ、と。でもそれが仕事でいえば、昔は高度成長期にあったから耐えた分給料も上がったし耐えられたんだとか、いやいや今の若い人たちは精神的に弱すぎるとか、そういう話ばかり。はたして本質をついている話はどれぐらいあるのやら…。

パワハラの純度が上がっているのではないか


僕が本質を突けているかどうかはわかりませんが、僕の考えをお話します。

人って、誰かからしてもらった良いことは忘れがちですけど、嫌なことは結構覚えてたりしませんか?パワハラも受けた人たちは嫌な記憶として残りますよね。それに対して、その人たちが次世代に取る行動って2パターンに分かれると思うんですよ。

一つは、自分たちがされて嫌だったことは次世代にはしない、と自戒する人たち。
もう一つは、自分たちもそうやって育てられてきたんだから、次世代にも同じことをするべき、となる人たち。

前者はシンプルに優しくなるってことで良いんですが、僕が考えたいのは後者です。自分たちもパワハラを受けてきたから同じようにする!のは百歩譲って仕方ないのかなと思うにしても、この人たちが受けてきたのはパワハラだけなんですかね?もしかしたら、厳しいことも言われたけどその分フォローされて助けてもらったこともあるんじゃないでしょうか。でも上述したように人は嫌なことは良く覚えていても良くしてもらったことはけっこう忘れがちだと思うんですよ。

そうするとどうなるでしょうか。前世代の人たちが行ったパワハラとフォローの両面が、現世代のフィルターにかかってフォローだけ取り除かれてしまい、パワハラだけが残る。そしてそれは現世代から次世代のフィルターを通してさらに純度の高いパワハラへ…なんてサイクルを想像してしまうんですけど、どうでしょう。

指導として追い込むならフォローもセットで


この看護学校のニュースを見ていても、厳しいことを言うばかりでフォローが一切なかったということに一番問題を感じるんですよね。看護学生というのは、その後命を預かる看護師という仕事を目指す以上、一定の厳しさの中に身を置かなければいけないと思います。でも、そこはやはりこれから経験を積む前の学生、厳しいことを指導しながら、フォローしたり経験したことのフィードバックを行ったりして育てていかなければなりません。問題となっているパワハラ教師の行ってきたことは、圧力をかけるだけで看護学生を伸ばす努力を怠っているので指導とは到底呼べません。しかし、本来厳しさとセットになるべきフォローなどの部分が抜け落ちているのは、なんだかパワハラの純度が上がってきてしまっているサイクルがあるのではないかなぁと感じてしまいました。

2021年4月5日月曜日

自己防衛、必要だとは思うんだけれど。

昨日、YouTubeにて中川翔子さんのチャンネル新動画が公開されているのが、僕のホーム画面に表示されてきました。タイトルは「【朝倉海コラボ】逃げるは恥じゃないし役に立つ!最強の護身術を習って実践してみた!」格闘家・朝倉海さんとのコラボ動画で、すぐに使える護身術を習う、というものです。


見てみると、朝倉海さんの教えている動きって合気道の動きに近いのかなと思いました。体の筋肉の中で力の大きなものをうまく使って、腕やカバンを掴まれた時などにうまく振りほどく方法などをレクチャーされています。

ただ、そもそもどうして中川翔子さんが護身術なんでしょうね?

ずっと悩まされ続けてきたこと

その十分すぎる、おそらく理由となることは、先日別の動画の中で中川さんが語っておられます。



ネットニュースにもなっていたので、動画そのものを見てはいなくても中川さんがこれまでのストーカー被害について胸の内を語ったということを、知っていた方も多いのではないでしょうか。今回はこの一連の流れについて感じたことをまとめていきます。

ストーカーという存在


“ストーカー”という言葉について調べてみると、Wikipediaには以下のような記載がされていました。
ストーカー(英: stalker)とは、つきまといをする人のことを指している。

なるほど、シンプルに考えるとこうなりますね。ストーカーにもいろいろあるみたいなので、分類についてはWikipediaの「ストーカー」の項目を参照してください。僕も勉強になりました。

インターネットの発達した現代では、SNSアカウントを通じて付きまとい行為をする人もいて「ネットストーカー」なんて呼ばれたりもしますが、中川さんが動画の中でお話されているのはどちらかというと物理的・直接的な意味でのストーカーのようです。こういった被害は有名人の方は特に受けやすい傾向にあるでしょうが、そうでない一般社会で生活している人にも起こりうる話です。そういうことへの注意喚起や、現在の法や警察の対応できる範囲に対する警鐘という意味も込めて、中川さんは動画を公開されたようですね。中川さんも直接的に身の危険を感じるレベルのストーカー行為を受けたこともあって、護身術というお話につながったのかなと思います。ですが、それでもやっぱり中川翔子さんが護身術を学ばなければいけないことは腑に落ちません。

防衛する側が時間と労力を費やさなければならない現実

そもそも、中川翔子さんにストーカー行為をするような人がいなければ、彼女が身の危険を感じるようなことがなければ、引っ越しを繰り返す必要もないし護身術だって学ぶ必要はないと思います。断っておきますが、僕は中川翔子さんが護身術を学ぶことに反対しているのではありません。学びたいことは学べば良いし、その中で中川さん自身が「学んで良かった!」ということが得られれば問題ないわけです。今回はその流れの中で1年ぶりに朝倉海さんとの動画コラボが実現したとのことで、それはそれで良かったというか、ピンチをチャンスに変えていくというか、その強い姿勢は素晴らしいなと感じます。

そしてストーカーなどが社会問題化すればするほど、護身術というのはスクールビジネスとしても成立していくわけですよね。これも勘違いしないでいただきたいのですが、護身術をビジネス化することを否定したいのではありません。そこに需要がある以上、ビジネスとして成立してしかるべきです。ただ一つ気になるのは、護身術に対する需要は「必要性」なのか「欲求」なのかということです。

必要に迫られる需要=必要性需要もあれば、欲しくて求める需要=欲求性需要もありますよね。あ、そんな言葉があるかどうかは知りません、僕が勝手に名付けてます。護身術のようにサービスを提供するビジネスを例にとると、けがや病気などで必要に迫られて病院に行く人はいるでしょうが、病院に行くのが好きで好きでたまらなくて行く人はそんなにいないと思います。逆に、東京ディズニーランドが好きで好きでたまらなくて何度も遊びに行く人はいるでしょうが、東京ディズニーランドに遊びに行かないと生活が成り立たないから行くという人も、まぁほとんどいないと思います。なので、病院は必要性で東京ディズニーランドは欲求性です。そう考えたときに、護身術は欲求として求める人もいるとは思いますが、必要性を感じて学ぶ人の方が多いように思います。中川さんの場合は必要性需要から発生したものを上手にビジネス(自身のYouTube動画)に転換することができた、というところでしょうか。でもみんながみんなそうはならないですよね。

必要性に対応するビジネスが悪いわけではありません。ですが、個人が自身の抱える需要に対して費やせる資金が限られている以上、必要性需要に費やす費用が膨れ上がると当然欲求に対して費やすことのできる資金を圧迫します。つまり、必要に迫られてあれやこれやとお金を使うことになると、自分がしたいことができない、買いたいものが買えないなんてこともありうるわけです。これって、生活の豊かさを奪われてますよね。中川さんも動画の中で、ストーカーから逃れる為に費やしたお金、時間は取り戻せないし、そのことに悔しさを感じる旨のお話をされていました。ストーカー行為は心身の危険を感じさせるだけでなく、相手の生活の豊かさまで奪いかねないわけです。

ストーカー行為と脳の発達

では、ストーカー行為に走ってしまう人は、なぜそのようになってしまうのか。先に言っておきますが、僕は専門家ではないので詳しいことはわかりません。そこらへんを詳しく学びたい人は本を読むなりGoogle先生の力を最大限活用するなりしていただければと思います。

ストーカー行為を肯定するわけではない、ストーカーを行う人を擁護するつもりはない、という前提を述べた上で、ここから先を書きます。

ストーカー行為を行う人って、たぶん自分の行動が迷惑行為だという認識はないですよね。わかっていてもやめられない人もいるかもしれません。中には、表向きには「ストーカーってダメだよね」と言いながら当の本人がストーカーを行っているというケースもあるぐらいでしょう。いずれにしても、その行為が社会的に問題ある行為だという自己への認識が決定的に欠如していると思います。そして、自己の行為への正当化意識が強い。これは意識的にそうしているというより、意識の陰にある大きな無意識の中にあるのではないかと思います。

これまでの仕事の中で発達に偏りのある方(あえて「発達障害」とは書きたくないのですが)と関わることも多かったのですが、一つの傾向としてあるのが「自分がそれをされたら嫌なのに、同じことを他者にしても嫌がられるということがわからない」ことが多い、ということです。これは、ただ文字にするとえらくわがままな人の考えに見えますが、そもそも脳の発達の都合でその辺の想像を働かせる能力が極端に低い人が一定数いるということです。なので「それは迷惑行為だよ!」ということを想像できるようになることを期待すること自体、なかなか無理があるんですよ。もちろん、時間をかけて理解を促すことはできますが、なんでそんなこともわからないの?という前提で話すのはなかなかに酷です。

もう一つ断っておきますが、「発達障害の人=ストーカー」という話ではないです。ですが「ストーカー→発達に偏りがある可能性がある」は成立すると思っています。そもそも、世の中全ての人々、それぞれに何かしらの発達の偏りがあります。大なり小なり。それがある程度の基準を超えていると医師が判断した時に「発達障害」という障害名がつけられ、療育手帳が支給される。僕自身も、自分って偏ってるなと感じる部分があります。みんなそんなもんです。僕が「発達障害」という言葉をあまり使いたくない理由はここにあります。誰かが決めた線の向こう側にいる人は発達障害者で、そうじゃない人は健常者って。みんなそれぞれ偏ってますから。

自己防衛ばかりが求められる世の中はおかしい

とはいえ、やっちゃダメなことはやっちゃダメです。そこはシンプルだと思います。何かの犯罪に巻き込まれた人に対して「危機管理意識が足りない」とか「自己防衛の対策をもっと講じておくべき」など言う人もいますが、そうじゃないでしょう。誰かに危害を与える奴が悪いに決まってる。上に述べたように、自己防衛の必要性に迫られるばっかりに、その人の生活の豊かさが脅かされるのは間違っていると思います。では、どのようにしていけば良いのか。

僕なりの考えですが

  1. 教育を見直す
  2. 警察の介入できる範囲を見直す
  3. 有名人については護衛のシステムをもっと充実させる
ということを考えます。

教育については、幼少期からの道徳教育というのはまだまだ工夫をしていって良いのではないかなと思います。詳しいことは知りませんが、小学校でも道徳の授業はあると思うので、文部科学省からのある程度の方針は出ているにしても、現場での教育内容はその学校や担当する先生の力量に委ねられている部分が大きいのではないかと思います。その中で「こういうことはやっちゃダメ!」というような話はよくあると思うのですが、他者の痛みを想像する、自己の行為を客観視するための取り組みはもっと充実させていっても良いのではないかなーと思います。あ、実情を知らないのでイメージで話していますよ。

警察については、やはり「何かあってからでないと動けない」を改善するべきだと思います。「何かあった」というのがかすり傷程度ならまだしも、その時点で命にかかわってしまっていたら話になりませんし、命に別状はなくとも心に大きな傷を負ってしまうことだってあるわけです。線引きが難しいのはわかります。警察官は逮捕権という絶大な権力を持たされています。これは一歩間違えば罪のない一般市民の自由を奪いかねない力なので、行使できる範囲を慎重に検討していかなければいけません。そして、悲しいことに世の中では事件や事故がひっきりなしに起こっているので、まだ何も起こっていない段階の事象に警察官の人員を割ききれない事情もわかります。ですが、現状はやはり助けを求めている人を救うに足りていないと思いますので、見直しをしてしかるべきと考えます。

最後の有名人の護衛ですが、先に述べた通り護衛を雇えばその分費用もかかりますし僕の意見としては先と矛盾するようなところもあるのですが、やはり著名人を抱えるタレント事務所などは十分に対処すべきところではないのかなと思います。まぁ家の前に四六時中護衛が立っていたら「ここに有名人が住んでいますよー」と宣伝しているようなものなので、やり方は考えなければいけないと思いますが…。警備システムの充実している住居を提案するなどできると思いますし、事務所も所属タレントの安全を守るための費用をケチるようなことがあっては話にならないと思います。

とまぁこんな感じで好き勝手書いてまいりました。そもそもの発端は「しょこたん、ストーカーの件もあったから護身術学んでるの?事務所もっと守ってやれよ。ストーカーの取り締まりもっと考えろよ」と思ったことです。途中でも書いた通り、ストーカー行為の違法性や迷惑さ、そもそも自分の行為がストーカーかどうかということすら、認識できない人が一定数います。そんな人たちに「やめてください」を発信し続けてもおそらくムダです。これから先の社会を良くしていくために根っこから作り上げていくには、教育の見直しが必要だと思います。でももう大人になってしまっている人たちにはそんなもの間に合わないので、取り締まりの方法はもっと見直すべきだと思います。「認識できない、理解できない、だから仕方ない」ではなく、わかってようがわかってなかろうがストーカーなど迷惑行為については容赦なく取り締まる。それで良いと思います。

誰もが安心して暮らせる社会を目指して。それを夢物語として切って捨ててしまうと、絶対に実現しません。どれだけ遠い理想であっても、近づこうとする想いを皆が持てれば近づいていきます。僕も社会の一員としてできることをしていきたいと思う次第です。

2021年4月2日金曜日

白子初上陸記。

千葉県長生郡白子町で毎年開催されている全国小学生ソフトテニス大会を、初めて見に行ってきました。今回はその記録です。

ソフトテニスの聖地 白子



昨年は残念ながら中止となってしまった同大会。例年は4年生以下の部と5年生以下の部にわかれて開催されていますが、今回は学年制限なしの各県から男女4ペアずつ。エントリーの枠数がそもそも少ないことと、参加を見合わせている県もあったりして、例年と比べればやはり小規模な大会となったようです。しかし、それでも白子は白子。ソフトテニスをがんばる小学生にとっては憧れの舞台です。形は変われどこのように大会を開催していただけたことには感謝しかありません。

ある程度の前情報として、白子の町中にはたくさんのテニスコートがあり、近隣の旅館やホテルの持ち物であったりというのは聞いていたのですが、公営のコートじゃないからナビで検索してもイマイチ場所がわかりません。結局、テニスコートが集まっているエリアの周囲をぐるっと一周してしまいました。

販売ブースへ

こういう全国大会には各メーカーが販売ブースを設置しますが、僕はテニっ子のブースへ直行。お世話になっている間庭さんに「スラックレール体験していって~」と言われていたので、さっそく体験しに行きました。さらにその場で、Twitterやオンラインサロンでお世話になっているもちおさん(@softenisuke)とも合流。2人してスラックレールを体験。



これがどのようにソフトテニスに絡んでくるのか。これはそもそもスラックラインという綱渡り競技のトレーニング用に作られたものとのことですが、この上に立ち不安定な状態を作ることで自然と身体のバランスを取ろうとする作用が活性化され、姿勢が良くなるのです。嘘みたいな本当の話。エイプリルフールはもう終わりました。実際に体験してみて、その効果に驚き、手持ちが少なかったのでネット通販のURLを教えてもらい、その場でネット注文。昨日、自宅にも届きました。これはまず僕の個人練習会で試してみて、ゆくゆくは少しずつ買い足していくつもりなのでジュニアチームでも活用できそう。

製品の紹介ウェブサイトはこちら。



一応、こちらからも買えます。

楽天



amazon



道中


さて、そもそも遠く離れた千葉県白子町までどのようにして行ったかというと、車で行きました。軽自動車です。片道約550km。やればなんとかなるもんです。

白子大会は3月29~31日という日程でしたが、29日(月)は夜に守山ジュニアの練習があったので、それが終わってから出発しました。とりあえず夜中行けるところまで走り、3時を少し回ったあたりで静岡市のSAに到着したのでそこで仮眠。起きたら7時だったので、そこから再出発したのですが、どうもナビの様子がおかしい。

これは、首都高に誘導されているのでは…?

予感は的中で、気づいたときには東京料金所前の朝の渋滞に巻き込まれる始末。このまま首都高を走っていては到着がとんでもなく遅くなると思いなんとかう回路を探し、地下のトンネルを経由して東京湾アクアラインへ抜ける道を見つけ、そちらへ進路変更。そこからはスムーズに進むことができました。トラブルと言えば、東京料金所で左端のETCレーンを抜けようとしたら鳩がレーンの中央に居て、なかなかどいてくれずやむを得ず一瞬停車したぐらいですね。

ご存知の方も多いと思いますが、東名高速を走っていくとなんせ静岡県が長いんですね。いつまで続くねん、てなります。先日石川県に行った時も「石川、縦に長すぎィ!」となりましたが、良い勝負です。

唯一不安だったのが、ガソリンが片道もつかどうかということ。僕の車のディスプレイには、ガソリンを満タンに入れるとだいたい航続可能距離400km程度と出るのですが、今回のは片道550km。足りんやん。と思っておりましたが、そこはやはり高速道路、停車と発進をそれほど行わないのでかなり燃費よく走れたようで、白子町に着くまで十分ガソリンは足りました。

30日のスケジュール


昼頃に到着したのですが、大会としては予選リーグを行う一日でした。ですが、先に述べたように参加者数が少なかったこともあり、15時ごろにはその日に予定されていた試合がほぼ終わりました。思ったより早く終わったので、早めに現地を出発してどこかで美味しいものでも…と思っていた矢先、滋賀県代表チームの皆さんと鉢合わせ。「これから○○コートで練習するよーモリオカコーチも来るでしょ?」とのこと。

喜んで参加させていただきました!

身体が万全ではないので子どもとの乱打勝負にも負ける始末でしたが、とりあえず元気よくやってきました!2年前に代表Bチームの監督をさせてもらってた時も、こんな感じで子どもに負けずに声を出すおじさんをやってたなぁ。またやりたい、というか、どうやらまたやらせてもらえそうです。ありがたい。

そんな感じで17時まで代表チームの練習に参加し、改めてそこから出発。関東に来たからには日高屋に行っておきたいなぁと思い、40km離れた千葉市内にある日高屋まで行ってチゲ味噌ラーメンを食べて、20時ごろに帰途につきました。2時ごろには自宅まで帰ってくることができました。

戦利品紹介


全てを写真に撮っていませんが、一部。


道中の海ほたるで「それっぽいもの」を探した結果たどり着いたおせんべい。これは現地で出会えた滋賀チームの皆さんに配りました。


その海ほたるのファミマで買ったイチゴミルク。関西では買えないやつ。美味しかった…。


上述した日高屋のチゲ味噌ラーメン、餃子セット。東京近郊としてはリーズナブルだし美味しい。そして、関西では食べられない!間庭さんには「ここまで来て日高屋?」と不思議がられましたが、地元で食べられないから良いのですよ。


その間庭さんからいただいた「TENIKKO」ロゴ入りマスク。非売品。滋賀で持ってるのは僕だけかも!?知らんけど…笑


テニっ子ブースで購入した「パパテニ」Tシャツ。僕も一応父親なんで、着る資格ありです。

でも何よりの戦利品は現地に行くからこそ会える人に会えたこと。そして、白子大会というものをこの目で見れたことです。例年とは違うところがあったとはいえ、一つの目標とする場所をこの目で見てイメージを持てたことは大きいと思っています。未知の目標はイメージしにくくても、既知の目標はイメージしやすい。子どもたちにイメージを伝えるためには、僕がまずイメージを持つことだとも思っています。

後日談


地元に帰ってきてから翌日の夜、大会結果の嬉しいお話を聞きました。滋賀県代表で出場していた野洲ジュニアの野間・越野ペアが女子の部で優勝したとのこと。

本当におめでとうございます!

全国大会での優勝、つまりは日本一を勝ち取ったわけです。滋賀県代表の選手が。その試合をこの目で見ることができなかったのは少し悔やまれますが、大きな刺激を受けました。滋賀県でトップになる選手は全国でもこれだけの結果を出している。つまり、我々は全国トップレベルと予選から競い合うことになる。それはとてもワクワクすることだと思います。

野間・越野ペアと言えば、4年生の時に出場した白子大会でベスト4入りをしたことも衝撃的でした。その1年後、今度こそはの想いをもって臨むはずだった白子大会がコロナウイルスの影響で中止になり、2年越しの想いを果たしたことになります。ドラマチックだなぁ。

最後に。
次は、守山ジュニアの選手と共に、白子へ行きます。それだけが全てではないけど。きっと、あの子たちと一緒なら行ける。

2021年3月26日金曜日

最終的には苦言です。

ソフトテニスの全国高校選抜大会、無観客試合となったことでエースマネジメントによる全試合配信のためのクラウドファンディングが行われていますが、それについて一石を投じるtweetをしている方がいました。


まさ(@like_st8v)さん


素性は不明ですが、今回の問題提起の為にアカウントを作成したとのことです。この方がtweetの中で仰っている通り、今更乗っかったり声をあげるのは日本人らしいセコさがあると思いますが、僕はこの方の問題提起を通じて気づかされたことがあるので考えをまとめたいと思います。

無観客になった高校選抜

上述の通り今年度の同大会はコロナ禍により無観客となり、選手のチームメイトや保護者すら会場に入れません。そこで、船水雄太プロと荻原雅斗さんの会社・エースマネジメントが全試合ライブ配信を行うことを申し出、そのための資金として200万円のクラウドファンディングを行っています。



僕がこのクラウドファンディングの知らせを目にしたとき、取り組み自体にすばらしさを感じたのでわずかですが支援をさせていただきました。まず僕の立場として、保護者やチームメイトをはじめとしたたくさんの「見たい」人たちがいる以上、ライブ配信はぜひ行ってほしいと思っています。ただ、この200万円という目標金額を見たとき、僕も何も思わなかったわけではありません。

200万円は適切な金額なのか

僕は、200万円という金額が全試合をライブ配信する際に十分な額なのかどうかが気になりました。単純に「そんなに要る?」と思ったのではなく、これが十分なのか不足しているのかがわからなかったのです。素人考えですが、複数のコートで同時進行する試合を中継するのに必要な機材、人手、その他もろもろの費用が200万円で十分なのか。

僕は最初「200万円で足りるの?」と思いました。

たぶんなんですけど、プロ野球やサッカーの中継にかかっている費用ってもっと高いんじゃないかと思ってるんですよ。知らないですけど。昨日もサッカー日本代表の親善試合がありましたが、これぐらいの規模になると200万じゃきかないですよね、絶対。

まぁソフトテニスの高校選抜大会をそれらと並べて考えるのは間違っているかもしれませんが、それにしたってやっぱり足りてるのかどうかわかりません。正直、余ってるなら余ってるで良いんですよ、個人的には。

持っていなかった視点

僕がこの方のtweetをもって気づかされたことは、高校選抜大会は高体連の事業であり、それを通じて過剰に利益を得る民間企業・団体があることに問題があるのでは、という視点です。これはまったく考えていませんでした。どちらかといえば、エースマネジメントが儲かったとしてそれはそれで良いじゃん、ぐらいに思ってました。なぜなら、僕もソフトテニスを商業化・興業化して儲かるスポーツにしていくことは必要だと思っているからです。

ただ、高校選抜大会は高体連の事業であり、そこには税金が投入されている以上公益性の担保されるべき事業であるという視点はまったく抜けていました。僕も自分の企画したソフトテニスに関する活動に、市のソフトテニス連盟も巻き込んで話を進めようとする中で公共性・公益性という壁にぶつかったことは何度もあります。それにもかかわらず、高校選抜のことについてはまったくその発想がありませんでした。

そこが、ちょっと恥ずかしいんです。

色んな人の意見を目にし耳にし、気づかされることはたくさんありますね。

あえての苦言

僕としては、大切な気付きがあったと思っています。ただ、まささんの指摘の仕方はいちいち攻撃的に見え、それだけ怒りを抱えておられるのかもしれませんが、やはり見え方としてはあまり良いものではないなと感じています。

対して、荻原雅斗さんは「今回は特に誹謗中傷が多い。でも負けません!」というようなtweetをされていますが、これについても向き合うべき指摘には向き合い、開示すべき情報は開示すべきだと思います。上述した通り、僕はもともと「200万円で足りるの?」と思ってました。もし、200万円が十分な金額で、利益となる部分がエースマネジメントの費用として計上されるなら、それはそれで開示すべきです。少なくとも、僕はそれについて文句を言うつもりはないです。高校選抜の晴れの舞台をライブ配信できるように動いたことへの対価は受け取ってしかるべきだと思っています。公益性の高い事業に関わる以上、会計報告はあった方が良いと思いますよ。

最後に。申し訳ないですが、上述した荻原雅斗さんの「負けません!」tweetに対して「雑音に負けるな!」だの「文句言う人の声は気にするな!」だの信者じみたリプライがいくつも飛んでいるのには、はっきり言って気持ち悪さしかないです。荻原さんをはじめエースマネジメントの取り組みがどんなにすばらしいもので応援していても、向き合うべきことには向き合うよう諭すのも応援だと思います。僕も、エースマネジメントをはじめソフトテニスで生きる道を切り開く人たちを応援していますし、仲間だと思っています。だからこそ、エースマネジメントの皆さんには擁護の声に感謝しつつも、向き合うべき指摘にはきちんと向き合って今後に活かしていってほしいと心から願います。

2021年3月25日木曜日

今、ミャンマーで起きていること。

ミャンマーでの国軍によるクーデターの混乱の中、治安部隊による銃撃で7歳の少女が無くなったというニュースを目にしました。


共同通信の報では流れ弾となっていますが、朝日新聞によれば少女は父親に抱きかかえられて膝の上にいたところ、兵士が父親に向かって銃撃した弾が当たり致命傷を負ったという。


もはや流れ弾と呼んで良いのかどうか…。

ミャンマーという国の歴史に疎い僕は、なぜかの国がこのような状況になっているのか、まったくわかっていませんでした。なので少し調べてみようとしたところ、以下のサイトに行きつきました。

ミャンマーという国が長く軍事政権下にあり、民主政権化してから歴史が浅いことはなんとなく知っていました。そして、その象徴たる人物としてアウンサンスーチー氏の名前を知っている程度でした。そのスーチー氏が実は国軍の前身組織において将軍だった父を持つということは今回知った、という程度です。

このNewsweekの記事が推測している国軍の行動理由は、言ってしまえば自分たちの影響力が低下することを恐れての結果だということです。特権を脅かされると思い、もしかしたらそれは思い込みかもしれないですが、それによって多くの市民の命が失われているのはやり切れないものですね。

民主主義政治というのはどんなきれいごとを並べても、結局は数の戦争に変わりないと思います。議会における議席数はそのまま意見の通りやすさを表し、それが文民による統治だとしても結局は少数意見を黙殺しかねない汚い部分を生みます。日本を見ていればよくわかりますよね。なぜ汚職が発生するのか、金銭をはたいて議員に取り入る輩が出てくるのか、金銭をはたいて票を集める輩が出てくるのか、考えるまでもないと思います。

ミャンマーの現状から感じたことは三つ。一つ目は、現地で日々の生活が脅かされている人たちがいるにもかかわらず、我々ができることがあまりにも限られていることへのやるせなさ。二つ目は、我々は日本にいるのでこのような軍事的脅威を感じなくて幸せだな、ではなく、結局は直接的暴力がない所にはもっと姑息で狡猾な暴力があることをちゃんと認識しなきゃいけないな、ということ。三つめは、日本では軍事クーデターが怒る可能性がないと反射的に思ってしまっていたことへの危うさです。

日本では第二次世界大戦後からGHQによる統治を経て今の国家体制が築かれました。その歴史は約80年。長いと思いますか?ミャンマーの約10年と比べれば長いでしょう。しかし、300年続いた徳川幕府による統治も明治維新で変わったわけです。80年続いているから当たり前のように今の日本の形が続くと思い込むのは、あまりにも浅はかだと思わされました。

日本人は平和ボケしていると言われます。平和ボケできるのは幸せなことだと思います。しかし、平和ボケするには人類はまだまだ未熟であると思わざるを得ないようです。

2021年3月24日水曜日

私のサブスク明細。

サブスクリプション全盛の時代がやってきましたね。僕もいくつかサブスクリプションのサービスを利用しています。今日はそのサブスクリプションについて、自分の使っているものを整理する話を進めていきたいと思います。

まずは自分の利用しているものを確認


★エンタメ系


・Amazonプライム

動画配信サービスを指して使われがちですが、賞品の宅配サービスが送料無料になったりタイムセールの先行参加だったり、電子書籍が一部無料で読めたりするなど、動画以外にもいろいろあります。年会費は4,900円なので、月当たりの会費は約408円です。

・YouTube Music Premium


動画配信サービス「YouTube」が提供する音楽配信サービスです。Androidのスマートフォンを使用しているので、Google play musicが廃止となったことからこちらに乗り換えました。乗り換えたところ、スマホの画面がスリープになったら音楽が止まるようになってしまったので、確認したらPremium契約をしなければそうなる仕様に変わったようです。ちょっとえげつないですね。少し悩みましたが、月額会費で様々な音楽も聴き放題ならそれも悪くないかと思い契約しました。月額980円。

・Hulu


アメリカの企業が提供する定額動画配信サービスで、映画やテレビ番組の見逃し配信などが行われています。限定コンテンツもあり。確かテレビドラマの見逃し配信とか限定コンテンツ目当てで契約した気がする。月額1,026円。

・dTVチャンネル


docomoが提供する定額動画配信サービス。Huluと同じく映画やテレビ番組の見逃し配信と、限定コンテンツ。日向坂46のコンテンツ見たさに契約。月額858円。

★ソフトテニス系


・ソフトテニス裏step


もちおさん(@softenisuke)が運営するソフトテニスオンラインサロン。全国のソフトテニスプレーヤー、保護者、指導者が利用中。もちおさんが毎日投稿するソフトテニス関連の記事を読めたり、全国のソフトテニス関係者と意見交換できたり質問できたり。月額800円。

・見て強くなる!ソフトテニス塾 オンライン塾


元U14男子トレーナーの東知宏さん(@softtennisjyuku)が運営するオンラインサロン。戦術コースとトレーニングコースがあり、それぞれ月額2,200円。どちらか片方でも、両方のコースでも入会可。僕はトレーニングコースの方を契約。トレーニングコースではトレーニングに関する情報の受信や質問などができるほか、月1回のオンライン講義などが受けられる。

以上、こんなところでしょうか。まぁこれ以外にも月会費で受け取ってるサービスなんかは言ってしまえばすべてサブスクリプションなのかもしれませんが。家賃払えば毎日住み放題、駐車場代払えば毎日車停め放題…と考えれば家賃駐車場代もサブスクリプションですね。省きますけど。

元を取れているかどうかを考える


サブスクリプションはいわば「定額で○○放題」なわけですから、その月額料金内で元が取れているかどうか、焼き肉食べ放題で料金分食べることができているかどうかみたいなことを考えてみたいと思います。

まず動画配信サービスについて、アマプラ・Hulu・dTVと契約していますが、これらについてお金を払っている分だけのコンテンツを見ることができているかという話です。結論から言うと、それほど見ることができていません。

項目ごとに言えば、アマプラだと映画をレンタル配信するのに1本200円程度と考えれば、2・3本見れば元を取れている計算になります。現状、月に見ることができても1本程度なので、まだ元が取れていません。

Huluはと言うと、もともと期待していたコンテンツは見終わってしまったので、ここ数ヶ月は放置でした。今月に限って言えば、「探偵が早すぎる」というドラマの全10話+スペシャル2話を見たので元を取りました。が、来月もそれほどのコンテンツを見る保証はありません。

dTVは、坂道合同製作のドラマ「ボーダレス」が毎週配信されていて、これを見るためだけに今は契約しています。月4本あるとして、一回当たり200円強で見ている計算になります。

続いて音楽配信サービスであるYouTube musicについて。最新の曲をそれほど聞くわけではないですが、話題になっている曲を聞いてみたくなったりプレイリストに入れたくなったりしたときには活用しています。980円で元が取れているのかは微妙です。

最後にソフトテニス関連の2つですが、配信サービスではなくサロン形式になるので、元が取れるかどうかは自分がどれほど参加するかというところにもかかってきています。そういう意味では、僕はまだそれほど活用できていると言えるほど参加できているとは言えないかもしれません。

元が取れていなくても続けるか、を考える


元が取れていなくても、サブスクリプションは毎月自動的に契約が更新されていくのでこちらから解約しない限りは月額料金はかかり続けます。ならば、現状を整理した時にそれでも続けるのか、それとも解約を検討するのかを考えてみたいと思います。

アマプラについては、Amazon本体を活用する機会が多いことと、動画配信としてもコンテンツが充実していることもあるので解約は検討していません。どちらかといえば、もっと活用できるようにしていきたいと思っています。

Huluはどうか。正直言うと、これは今のところ継続する理由が見当たらなくなってきているので、今月限りでいったん解約しても良いのかなと思います。また見たいコンテンツが始まったら再契約するかもしれませんが。

dTV。これについてはドラマ「ボーダレス」はいずれ終わるのですが、4月から日向坂46の冠番組「日向坂で会いましょう」の配信が始まるとのことなので、月間で見るコンテンツが限られていたとしても日向坂のためだけに契約し続けます。解約検討の余地なしです。

YouTube music。音楽は車で流したりソフトテニスの練習中に流したりすることもあるので、アプリとして活用し続ける限りはこれも解約することはなさそうです。今、このブログを書いているような作業中に今まで聞いたことなかったような曲がかかってきたり、懐かしい曲がかかってきたりするのは、それはそれで楽しいので活用していきたいと思います。

最後にソフトテニス系の2つ。これは今後もサロンを活用してソフトテニスプレーヤーとしても指導者としても、一人の発信者としても成長していくために辞めることは検討していません。もっと活用できるように参加の仕方を工夫していきたいと思います。

4月からの見通し


そんなわけで、とりあえずHuluは解約することになりそうですが、それ以外のサブスクリプションは継続ということで、合計すると5,246円が来月以降のサブスク費用です。お納めください。

今回は整理で話を終わらせますが、また近いうちに今度は「サブスクリプションを考える」をテーマに書きたいと思います。

2021年3月22日月曜日

肋骨の気持ちにもなってみろ。

風邪をひいた話と、それが長引いて妙に気落ちしていたので「病は気からだぞ!」と自分に言い聞かせる話を書きました。

今日は第3弾、肋骨にヒビが入った話です。

2021年3月19日(金) 未明

少しずつ治まってきてはいるものの、やはり咳は出る。やだなーやだなーと思っていたら、突如左胸に走る痛み。

あ、これ肋骨やったわ。

すぐにピンと来たのは前科があるからで、確か2014年ごろにマイコプラズマ肺炎をやったときも咳をしすぎて肋骨にヒビが入った経験があるからです。肋骨にヒビが入るとどうなるか。ちょっとした振動で痛い、大きく息を吸うと痛い、咳やくしゃみをすると痛い、うつ伏せで寝ると痛い、要するに日常の大半の場面で痛い。折れていたら常に痛いはずなので、これはおそらくヒビです。ヒビでも骨折には違いないのですが。

こうなると、やむを得ず咳が出そうになったときや、花粉症持ちなのでくしゃみが出そうになった時に相当な覚悟が要ります。痛いのは嫌なので、咳やくしゃみが出そうになったら変な耐え方をして「ヒュッヒュッヒュッ」みたいな短い呼吸になります。で、結局咳やくしゃみが出て痛い思いをします。拷問や。

ここで私のこの後のスケジュールをご紹介しましょう。19日(金)深夜より車で出発し、片道約5時間半程度の道のりを運転して石川県能登町まで行きます。一泊二日の日程です。帰ってくるのは21日(日)の夜の予定。もつのか自分。

2021年3月21日(日) 夜

結果的に、道中の運転を無事に乗り越え、現地での予定も無事に消化し、なんなら20日(土)の日中ぐらいから少し咳も少なくなってきて、かなり楽になりました。左胸の痛みも少しずつ弱くなっていき、順調に肋骨のヒビも治ってきていることを実感。一安心して自宅に帰り、自室に入る…と、急にまた咳が出てきました。気が緩んだのか、それとも自室の空気が悪いのか。少し激しく咳こんだところ、右胸に突如走る痛み。

ここにきて2か所目のヒビが入りました。

せっかく左胸の痛みは引いてきていたのに、ここにきて新たな右胸…。2か所同時進行でやらかしたのは初めてです。地獄は続きます。

とりあえず今日は、朝から牛乳買って飲みました。付け焼刃。

2021年3月18日木曜日

病は気からと言いますが。

風邪がいよいよ長引いてきました。いつまでも咳がゴホゴホと治まらないもんだから、改めて近所の医院へ。症状を抑える薬と抗生物質を処方してもらって、少しずつマシになってきている気がします。

気がするんです。

思えば、風邪をひきながら土日乗り切ってもう限界ーとか書いてから3日経ちました。これを書いたときは確かに体力気力が底をついてる感じがしてしんどかったんです。しかし、3日経った今日はどうだろう。食べるもんはちゃんと食べているし睡眠もなんなら多めに取っているし薬も飲んでいるし、たぶんなんですけど体力はもう十分回復していて僕の体の免疫機能ちゃんも全力で奮闘してくれていると思うんですよ。でも、なーんかしんどいんです。

これはあれだな、気持ちの問題だな。

もともと気管がそこまで強くないから咳が長引くのは想定内ですが、なんかだるい感じは気力の問題な気がしてきました。やはり13日の大会が終わってちょっと気が緩んだかなと。次に向けて走り出すための目標を自分で定めて動き出さないといけないなと思いました。

と、思ってたら微熱が出ました。

微熱かよ、って話です。僕の風邪をひくときのパターンって、ただの風邪でも38度台後半ぐらいまで一気に熱が上がって寝汗かきまくって翌朝かなり落ち着いてるってことが多いんですが、今回は熱が上がらない。上がりきらない。いっそのこといつものパターンに入ってくれたら楽なのになーと思う次第です。あ、熱はもう下がりましたよ。

今日は改めて気持ちのスイッチを入れなおせることがあったので、また突き進んでいきたいと思います。がんばれモリオカ。

2021年3月15日月曜日

3月13日と14日。

先週の月曜だか火曜だかからのどに違和感を覚え始め、どうやら息子(2歳半)から風邪をうつされたな…と実感してから一週間。まだのどの痛みと戦っています。

こんにちは。

幸いにも新型コロナではないことは確認できたのでただの風邪ですが、それにしたってしんどいもんはしんどい。それでもこの土日まではなんとか乗り切ってきましたが、いよいよ土日(というかほぼ土曜日)で力を使い切りました。もう無理。

そんな土日を振り返ります。

3月13日 土曜日 雨

6時半ごろに起床。この日のスケジュールは長浜バイオ大学ドームで朝から夕方まで滋賀県小学生ソフトテニス春季選手権大会、その後の夜に滋賀県小学生ソフトテニス連盟の臨時総会。大会の監督をするだけなのでできれば車ではなく電車で現地に向かうつもりでしたが、起床した時点で乗る予定だった電車に間に合わないのが確定したので、交通手段を車に変更。栗東から高速道路に乗り米原ICまで、無事集合時間に現地に到着。当然ながらマスクを着用したまま、チームの子どもたちに「おはよう!」と元気良く挨拶、したつもりで絶望。

思った以上に声が出ない。

大会の監督ってただベンチに座ってるだけならいいんですけど、そんなわけにいきません。しゃべるし、時には声を張るし、この喉コンディションで大会乗り切るの?ってレベルに声が出ない。頼るのは龍角散ののどすっきり飴。やれんのか自分。

とはいえ、大会に臨む子どもたちを前に低いテンションではいられません。明るくポジティブな声掛け!でもその声はガラガラ。ミスマッチ。大会が始まると会場は騒がしく、自分の声が子どもたちに届いているのかもわからない。もどかしい。

戦績としては、キープしたいラインは超えられたので一安心。監督がこんな状態でも子どもたちが自分の力でしっかり戦うことができたのは本当に成長を感じるところです。

ここから夜の部、連盟の臨時総会。クラブ代表として出席しました。議題が議題だったので多少時間かかるかなとは思っていましたが、終わってみれば21時を回っていました。ドン引き。ここまで遅くなるとは…。

翌日のスケジュール。朝から浅井B&Gセンターにて小学生上位大会出場者の強化練習会。午後から長浜バイオ大学ドームにて滋賀県ソフトテニス連盟の総会。

ここで滋賀県の地理に詳しくない人向けに、僕の自宅と長浜バイオ大学ドームと浅井B&Gセンターの位置関係を簡単に説明します。僕の自宅からドームまでは自動車一般道で約1時間半。浅井まではそこからさらに北へ約20分。

整理しましょう。3月13日(土)21時現在、自分の現在地は長浜バイオ大学ドーム。自宅までは約1時間半。翌日の朝から行く予定の浅井までは20分。

帰る意味あんのかコレ。

宿泊の段取りをしてこなかったことを心底後悔しました。しかし、帰らざるを得ないので帰りました。途中で夕食を済ませたので、家に着いたら23時でした。

3月14日 日曜日 晴れ

6時30分ごろ起床。正確には、ただ目覚めただけ。前日で気力体力が一旦底をついたのか、もはや強化練習会に行ける状態ではないと判断し、欠席の連絡を自チームから参加してる子の保護者さんに入れました。とりあえず、昼頃までは休む。

正午、気力体力が少し戻ってきました。連盟の総会は14時から長浜バイオ大学ドームにて。ドームはJR田村駅から徒歩5分程度の場所にあるので、体調も考えて電車で行くことにしました。

ドームに到着すると、県内の高校生が試合をしていました。あとで知ったところによると、ハイスクールジャパンカップの予選が行われていたようです。知ってる子が戦っているのも少し見ながら、僕は会議室へ。

総会は2020年度の事業報告・会計報告、2021年度の事業予定・予算案、そして役員の改選が行われました。結論から言うと、ほぼ滞りなく総会は進行し、16時までには終了しました。役員の改選があったにも関わらず。前日の小学生連盟臨時総会と比べると倍以上のスピード感。断っておきますが、一概にどちらが良いかというものではないと思います、よ。

会議が終わったころにはハイジャパ予選の方も佳境で、何もなければ最後まで見ていきたいぐらいでしたが、体調も万全ではないので16時半ごろの電車に乗って帰りました。17時過ぎには地元守山駅に到着し、駅前で簡単に食事を済ませ、自宅に着いたのが18時過ぎ。そして、19時ごろには床に就きました。

そうして約12時間、いや、それ以上ほぼぶっ通しで寝ました。ひとまず、気力体力は回復したと思います。


まだ、のどは痛い。

2021年3月11日木曜日

これまでと、これからと。

東日本大震災から10年です。改めて、お亡くなりになられた方に哀悼の意を表すとともに、被災された皆さまにお見舞い申し上げます。REC.でも今日という日についてお話しましたので、よかったら聞いてください。



REC.では僕にとってのあの日を振り返りましたが、文章であるブログではまた今について考えたいと思います。

まず、今この時も被災地支援に尽力されている皆様に、心から敬意を表します。本当に素晴らしいことです。僕はそもそも東北に行ったことがありません。今まで行ったことがある場所の最北は埼玉か群馬で、東北には足を踏み入れたことはありません。いずれ訪れる日は来ると思いますが、それがいつになるかはわかりません。最速だと、来年のソフトテニス小学生全国選手権大会が秋田で行われるので、その時に行くかもしれませんね。

東北から遠く離れた滋賀に住む僕が今できることって何だろうと考えてみました。震災からの数年こそ、各所で募金活動など活発だったように思いますが、これまでの10年にも熊本での震災や九州での豪雨災害など、日本は様々な自然災害の猛威を経験しており、支援を必要とする人は多数に上っていると思います。ただ、今日は東日本大震災の当日。なので、この震災に関してできることをしたいと思いました。

あっという間に実践できたこととして、Yahoo!が行っている「3.11検索による10円寄付」です。Yahoo!の検索エンジンで「3.11」と検索すると復興支援の為に10円が寄付されるという、非常に手軽で元手の要らない支援です。今、日本の15歳以上人口は1億1千万人程度だとされています(総務省統計局ウェブサイトより)。この人たちが仮に10円ずつ寄付すると、11億円になります。十分すごい額ですよね。これは別にYahoo!で行わなくても、あなたの手元にある10円玉の行先を少し変えるだけで助かる人たちがいる、かもしれない。これはすごいことだと思います。

では自分自身に立ち返って、同じような震災が身近で起こったら、対策は十分にできているのかと言うと、決してそうだとは思いません。そもそも、どれだけ対策をしていても十分ということはないのでしょう。自然災害の猛威は人の力ですべてを防ぎきることができるものではありません。しかし、その時に備えておくことは決して無駄ではないはずです。避難所生活を余儀なくされるかもしれない、収入減を絶たれるかもしれない、けがを負うかもしれない…。東日本大震災で失われた命やものは、どうしたって元には戻りません。ならば、せめて今こうして生きることができている我々は、そこから学ばせていただくことが必要なはずです。

最後に、東北の復興に先陣を切って尽力されてきたお二人、サンドウィッチマンさんの言葉を。



本当に、勝手に節目とか言って、区切りをつけるものではないのかなと思います。現地では、未来に向けての一日一日を積み上げていっておられる方がたくさんいるのだから。

今日は全国的に良いお天気なようですね。晴れやかな空に、祈りをささげたいと思います。

2021年3月9日火曜日

音声の流行に乗っかる。

音声配信アプリ「REC.」を始めました。

 

始めてまだ5日ですが、楽しくやっております。今のところ毎日投稿中。

きっかけはClubhouse


少し前に音声SNS「Clubhouse」が話題になりましたよね。有名人の登録者が急増して色んな人が同調して始めていって、招待制だから招待を依頼するTwitterの投稿なんかも多くみられました。で、ひと月経つかどうかという間に一気に下火になった感がありますが、今はどうなってるんですかね。少なくとも当初の熱は下がったとみて間違いないでしょうが、一因としてはやはりアーカイブが残らない中での「録音、及び内容口外の禁止」というルールが公然と破られたことも大きいのではないかなと思います。

僕もClubhouseが話題になったときに乗っかってみようと思ったんですよ。でも駄目だったんです。招待枠がどうのこうのという前に、apple製のデバイスを持っていないので、アプリがダウンロードできませんでした。そう、Clubhouseのアプリは今のところapp storeでしか配信されていないんですよね。android民ははじき出された感じです。

なので、Twitterなんかでもちょくちょく見かけるVoicyはどうだろうと思い見てみました。でもVoicyって基本的に聴くためのものなんですね。配信しておられるパーソナリティの方はVoicy運営から声をかけられたか申し込みをして認められた人のみのようです。参入しようと思って参入できるものじゃない。とりあえず登録はして、気になるパーソナリティさんの投稿は聞いてますけどね。

ここで一度立ち止まって、音声配信メディアについて少し調べることにしました。その際に参考にさせていただいたのが以下のサイトです。



自分目線で比較


まず一番上に記載されているのが「Spoon」。YouTubeとか見ていると「寝る前少し、私とお話しませんか?」という広告が流れてきたことがある人も多いのではないでしょうか。実は僕もその広告経由で一度登録したことがあったのですが、基本的に生配信で配信者対リスナーのリアルタイムコミュニケーションがハードル高く感じてしまい、続きませんでした。というかほぼ何もせず放置しました笑

次が「Radiotalk」。有名人による配信が多く個人コンテンツの地位を確立するのが大変というところは、YouTubeの現状と似てますね。面白そうだけど、参入してからが大変そうだなという印象。

3つ目が「REC.」。これは結果的に選択したサービスなので、理由も含めて後述といたします。

4つ目が「mocri」。クリエイターの作業通話に特化したアプリとのことで、ちょっと違うかなーと即却下。

5つ目が「Himalaya」。分野別に学べる感じのコンテンツが多いというのは少し魅力的に感じました。ただ、収益化するには一定の基準がすでに設けられているということが引っ掛かりました。

6つ目が「stand.fm」。これはREC.と同じく比較的新しいサービスですが、Himalayaと同じく収益化に一定の基準がすでに設けられているということが引っ掛かりました。

REC.を選んだ理由


6つ目以下にもPodcastなどありましたが、比較したのはここまでです。で、結果的にはREC.を選択しました。理由は以下の通りです。

  • 2020年に始まった新しいサービスであること
  • 一般ユーザーの収益化が予定されているが、まだ始まっていないこと
  • 著名人による投稿があまり多くなさそうだということ
  • 録音で配信する形式であるということ

まず上の2つですが、収益化がまだ始まっていない新しいサービスだからこそ、今のうちに乗っかっておくのが良いんじゃないかなと思いました。そして3つ目は、やはり暴力的戦力を持つ相手が少ないほうが良いなということです。最後に4つ目は、録音で一定のやり直しがきく上にリアルタイムの双方向コミュニケーションでないことは初心者にもやりやすいなと思いました。

以上の理由から、REC.始めました。よろしくお願いします。

2021年3月6日土曜日

こうあるべき、にこだわるのは良くないと思うよ。

東京五輪の聖火リレーが辞退者続出などで話題になっていますね。本日(2021年3月6日)付けのニュースでは、島根県知事の丸山氏が聖火リレーの中止を検討したと表明したことで、批判(というか圧力)を受けたこともあり同県の体育協会会長を辞任したということも起きています。

そもそも、東京五輪に対して開催の是非が取り沙汰されている中で、聖火リレーにも様々な意見があるのは当然のことと思います。以下、私見を述べさせていただきます。


東京五輪について

僕はこれは「開催すべき」という考えです。そもそも、去年に開催されるはずだったものです。当然、日本の選手に限らず各国の代表選手がこの大会を照準にしてピーキングを行ってきたはずです。まず選手の立場に立って考えたとき、1年の延期はその分選手も年齢を重ね身体や精神に変化も訪れる中で、ぎりぎりのラインだと思います。これは、4年に1回という五輪の大会特性から考えて、チャンスが今しかない人もいるわけなので、なおのこと開催しないという選択肢は僕なら考えられません。

また選手以外に、大会が開催されることにより動く経済についても、無視できない問題だと思います。「何がなんでも開催したい奴らは、金が気になるからだろ!」というような意見も目にしたことがあるように思いますが、お金の問題を度外視してはいけないと思いますよ。スポーツを介して経済が豊かになることは、スポーツの地位を守る・向上させるためにも求められるべきことだと思います。

ただ、莫大な予算を投入して建設された競技場については、その建設費を観客入場料などで回収することは難しいでしょうね。また、大会観戦を軸とした訪日客のインバウンド需要を想定していた観光業についても、これは別の道を模索するしかないと思います。

つまり、選手が力を発揮できる大会としての五輪は開催すべきだが、無観客などの感染症対策は万全を期す必要があり、見る側についてはあきらめざるを得ないことは多々ある、というのが僕の立場です。


聖火リレーについて

これについては、止めた方が良いというのが僕の意見です。理由はシンプルで、あくまでも選手が力を発揮する大会本体とは別のイベントだから、です。上述の通り、大会に関わる経済活動は可能な範囲で活性化させるべきだと思います。大会開催国にやってくる聖火が国内の各地を巡っていくのは、本来は素敵なイベントだと思います。ですが、聖火が各地を巡ることと選手が大会で活躍することはまったくの別物です。みもふたもない言い方ですが、聖火は大会本番中に国立競技場(ですよね?)の聖火台にあれば良いんです。リレーはあくまで、記念です。情勢を考えれば、中止すべきだろうと思います。


次がんばれば良いなんて、気軽に言えない

五輪は4年に一度なのでその色合いが強いですが、その他の大会にしたって「次に向けて頑張れば良いじゃん!」なんて、気軽に言えません。特に今の情勢では、次がいつやってくるのか、本当にやってくるのか見通しが持てません。

僕は小学生ソフトテニスチームのコーチをしていますが、子どもたちが今の学年で目の前の大会に臨めるのは後にも先にも一回きりです。2020年は数々の大会が中止になりましたが、大会を開催するための模索がどれだけ行われたか見えない中での「中止、中止」の連続に、怒りさえ湧きました。決めるのは大人、機会を失うのは選手。選手のことを思えば、どうにか方法を模索しようと思うのは、おかしいでしょうか。


変わっていくこと

新型コロナウイルスの感染拡大は、世の中の色々なことを変えました。ウイルスの広まりを間違っても「良かった」なんて思えませんが、世の中が加速度的に変わって今までにない在り方を模索していったことは「良かった」と思っています。今回のパンデミックがなければ、リモートの拡大も個人による発信の普及も、もっと先になっていたでしょう。この状況下で得られた良い部分は残しつつ、より良い時代・社会に向かっていってほしいものです。

2021年3月5日金曜日

好き+好き=

チャーハンが好きです。

天津飯が好きです。

なので、餃子の王将のメニュー・天津チャーハンが大好きです。

誰やあれ考えた人、神か。


好きと好きが同居して大好き

これは僕にとって、好きなものと好きなものが合体した結果大好きなものになるという例ですが、考えてみれば物事は必ずしもこうはならないですよね。算数なら1+1は2になりますが、食べ物や飲み物で大好きなもの同士を一緒に口に入れても美味しくないときはあります。というか、大好きなものだからこそそれぞれで味わいたいんだ!という意見はけっこうありますよね。

思い返せば、数年前にカレーにシイタケを入れて大失敗したことがありました。カレーは普通に好きなんですがシイタケは全キノコの中で一番美味しいと言い張るぐらい大好きで、昔妻と二人でバイキング形式のしゃぶしゃぶ店に行ったときに鍋の水面いっぱいにシイタケを浮かべて食べたこともあるぐらいです。妻もシイタケ好きなので平和な時間でしたよ。話がそれましたが、そんな大好きなシイタケをカレーに入れたらカレーとシイタケの味が喧嘩しちゃって、今一つ美味しく感じられなかったのを覚えています。皆様の中にも、これとこれを一緒に食べたら美味しくなかった!という経験は何かしらあるのではないでしょうか。


混ぜるなキケン!

これは元々塩素系漂白剤等の注意書きとして世に知られた言葉だと思いますが、今では食べ物・飲み物や人と人との関係性なんかにも流用されている言葉ですよね。カレーとシイタケはまさに混ぜるなキケンでした。

あと食べ物の話ではないですが、僕の愛するスポーツ・ソフトテニスと、僕にとって至高の贅沢品の一つである日本酒も、考えようによっては混ぜるなキケンです。日本酒は美味しいですが、あのようにアルコール度数の高い酒類を口にしたうえでソフトテニスのようなスポーツを行うのは大変危険です。でも、ソフトテニスで汗を流してから、とりあえずビールからの冷酒、なんかは大歓迎です。誰か飲みに行きましょう。


屍を越えていけ

しかし、僕にとっての天津チャーハンのように、かけ合わせることで足し算以上の力を発揮するものもあります。まぁ天津チャーハンが美味しいかどうかは好みにもよるんですが…笑 きっと、世の中の「美味しい食べ合わせ」というのは、それに至るまで多数の「混ぜるなキケン!」という死屍累々の上に成り立っているんでしょうね。

先人たちの尊い犠牲に、合掌。

2021年3月4日木曜日

子どもらしく元気よく、は誰が求めているのか。

昨日、ソフトテニス関係でつながっている人のFacebook投稿を見ていて、以下のような内容がありました。

うちのクラブの中高生クラスと大学生・一般クラスには明らかな違いがある。それは、元気よさ、活気が大学生・一般の方が明らかにあるということ。

要約するとこのような感じでした。

これを見ていて、自分の関わっているところではどうかなーと考えると、確かに一般のクラブの方はみんな声を出してプレーしたり試合をしていれば気迫の声、ときにミスをしても大笑いする声など、元気や活気がある。片や、小中学生と関わっている練習会などは、そこまでの元気さはない。どちらの方が“良い感じ”に映るかと言えば、文字にしても実際の現場にしても前者である。でも、本当にそれで大丈夫?


元気がなく見える=悪い?


そもそも、元気よく見えなければいけないんだろうか。僕の関わっている小中学生は本当にがんばって練習していて、それは楽しいからこそなんじゃないかなと思う。そこの認識はズレてない、はず。ただ、元気よさは大人の方が上で、たまに僕が小中学生に混じって練習したりすると僕が一番うるさかったりする。うちのジュニアチームの子たちについて「のびのびやってますね!」と言われたことはあっても「元気良いですね!」と言われたことはそこまでない気がする。どちらかと言えば、静かだねと言われることの方がある。

子どもたちに対して「強いチームはまず元気がある、声が良く出ている。そういう雰囲気がある。うちでもそんな雰囲気を作れると良いね。」という話をしたことはある。けど、元気よくやることを強要したことはない。そしてこれが一番大事なポイントなんですが、僕は別に元気よく見えようが静かに見えようがどっちだって良いと、本心で思っているということである。


元気がある=良い


誤解されたくないのは、僕だって「元気よくできる方が良いに決まってる」と思ってます。ただ、今関わっている子たちが自分らしくソフトテニスをできているならそれで良いとも思っています。元気の強要はしない、元気がないからって責めない。ちゃんと話してみれば、その子なりにソフトテニスを楽しんでいる。

強要するのではなく、元気よくソフトテニスをするとこんなに楽しいよ!声を出してやることはこんなに良いことがあるよ!ということを伝え続けること、見せ続けること。はっきり言って全然響いている感じはしませんが、子ども自身がその必要性や有効性に気づいたときには雰囲気が変わり始めます。


やらなきゃいけないではなく、こうありたいを引き出す


元気よくやらなきゃいけない、やらないと叱られる。これは僕はしません。元気の良い人になりたい、その方が良いと思うからなりたい、というのを、時間がかかっても子どもたちの内側から引っ張り出していく。大人たちから見て「子どもの理想像」はあるしそれを捨てる必要はないけれど、理想像と現状がかけ離れていることを嘆くことは違うと思う。むしろ、子どもたちが現状からどんどん変わっていく過程を一緒に経験できる、楽しみができて良いじゃないですか。

2021年3月3日水曜日

今ある道をより良くしていくのも、新しい道。

2回連続、バチバチにソフトテニスの話です。

先日、「ソフトテニスのプロとして生きる人。」という記事を書きました。大阪のルーセントクラブさんで開催された芳村玲プロの講習会を見学し、それを記事にしたものです。ありがたいことに、芳村玲プロご本人や株式会社ルーセントの此下取締役にもお読みいただき、細々とやっているこのブログにしては文字通り桁違いのアクセスをいただきました。



さて、このようにソフトテニスのプロ化も進む中、3月になり卒業シーズンです。私の身の回りでも小学校・中学校・高校をこの春に卒業する人がいます。改めまして、皆様おめでとうございます。
卒業するということは、その先に進路があります。先日、うちのジュニアクラブのコーチで話をしているときに「ソフトテニスに関わる仕事をしたいと思ったとき、昔は教員という選択肢がもっと比重が大きかった」という話がありました。確かに、中学校や高校の教員になってソフトテニス部の顧問を受け持てば、仕事としてソフトテニスに関わり続けることはできます。ですが、昨今のブラック部活問題や教員の働き方改革などの流れもあり、部活動の顧問=ソフトテニスの指導者として活躍できる場所、というイメージは少しずつ変わってきているように感じます。
まずこのことの善悪は置いておき、僕なりに考えた事を、今の考えを書き残しておきたいと思います。「今の考え」というのは、明日明後日、来週、来月、来年…いずれ考え方が変わる、世の中の情勢が変わることは往々にしてあるからです。

学校の先生のお仕事


僕は教員として働いたことがないので知っている範囲やイメージで話をします。部活動の顧問をすることがある、ということを考えたときに、中学校や高校の先生であることを前提とします。
教員の仕事は、まずは自分の担当する科目について授業をしたり授業の計画を立てたり生徒からの提出物をチェックしたり、定期テストが近づいていれば問題を作成したり。担任を持っていれば教科に関わらず受け持つクラスの生徒について日々の記録を残したりするなど、これだけでも結構な業務だと思います。当然、授業をしている最中には事務的な作業はできないでしょうから、授業をしている以外の事務作業は空いている時間やその日の授業がすべて終わった放課後に行うことになるでしょう。しかし、日々の放課後には部活動があります。ここで部活動の顧問を受け持っていたら、まぁ毎日ベタ付きで部活動の場に居続けなければならないこともないでしょうが、それでもある程度顔を出さなければいけない。大会が近かったり、新入生が多い時期などは部活動に対する比重も大きくなるでしょう。そうなると当然、事務作業に割く時間は後ろ倒しになっていきます。結果、勤務時間は長くなりがち、というのがなんとなく想像できる構図ではないかと思います。

働き方改革


先に述べたように、大会が近くなれば部活動に時間を割く比重は大きくなることが予想できます。放課後のことはもちろん、授業が休みの土日にも部活動の時間は設けられます。土日の部活動こそ、顧問の先生は現場に来なくてはならないでしょう。生徒の部活動の為に土日も現場に足を運ぶ、というのは以前は当然のことだったのだと思います。しかし、教員の働き方にも様々な価値観がある時代です。教員でなくても、残業や休日出勤が過剰にならないようにしていこうという風潮の中、当然学校の先生もその対象になってきます。
そのために、学校部活動の現場にその種目に特化した外部指導員・コーチを入れていこうという動きが出てきます。なるほど!部活動の指導を外部委託すれば教員の業務負担が減る!万事解決!…とはならないのが現実で。そこには責任の所在とか外部指導員の人員問題、予算の問題などいろいろありますが、この場で取り上げたいのはそういうことではなく。
以前、僕より年下で中学校の教員をしながらソフトテニス部の顧問をしている人がこんなことを言っていました。「私たち顧問がいるのに、外部コーチが当たり前になったら、私たちは何のためにいるの?と思ってしまいます」と。

ソフトテニス部の顧問がしたい先生たち


教員の皆さんが、教員を志した理由はそれぞれだと思います。お世話になった先生にあこがれて教員になった人、親が教員だったから同じ道を歩み始めた人。その中に一定数、ソフトテニス部の顧問をしたいから教員になった人もいるんじゃないんでしょうか。その人たちからソフトテニスの指導に関わる機会を奪うのだとしたら、それは望ましい働き方改革とは言えない気がします。
片や、学校の先生をしたい、という人も一定数いるはずです。あくまで学校の先生として生徒たちに関わる仕事がしたいのであって、ソフトテニスの技術指導は(できる、できないにかかわらず)そこまで比重が大きくない人。そんな人には、外部コーチの存在は上手く手を取り合っていければ心強い存在になると思います。
そもそも、部活動とは昔は教育の一部で良かったのだと思います。今でもそうだとは思いますが、昔と比べてスポーツクラブとしての色合いが強くなっているのではないか。部活動=学校教育の一部という部分が大きく変わってきている。それは良いこと悪いことという話ではなく、価値観の移り変わりだと思います。

線引きをし、役割を明確にし、兼任を認める


そんな中で僕が思ったのは、やはり教員という仕事と、部活動顧問という仕事と、技術指導者というものは分けて考えるべきなんじゃないか、ということです。これらすべてを兼任したい人は、兼任したら良い。教員として部活動顧問はできるが、技術的指導の部分を外部に任せたいという人は、そうすれば良い。そもそも顧問という部分からしっかり責任をもってできる人にお願いしたいという人は、そのようにすれば良い。
部活動顧問が学校教育の、いわば聖域的扱いの内側にあるものという現状を打破してみてはどうだろう。責任持ってそこを全うする人には、それ相応の対価を支払って担ってもらうシステムにしたらどうか。もう一つ、公立学校の教員は副業が禁止されていますが、これもそろそろ取っ払ってみては。そうすれば、教員という仕事をしながらもっともっとソフトテニスの指導現場に立ちたいという人の望みもかなえられると思うのですが。

僕はなんとでも言える


賛否両論ありき、また、何もわからん奴がいい加減なこと言ってんじゃねぇ!というのはあると思います。が、何もわからんから好き放題言えるのです笑
ただ一つ、間違いなく現状はまだまだ硬直しています。仕事としてソフトテニスに関わり続けたい!というキャリアのイメージの一つとして、教員という道がもっと選びやすく柔軟なものであっても良いのではないかなと、外から見ていて思うのです。

2021年3月2日火曜日

伝えたい想いと、伝えた言葉。

ガチガチにソフトテニスの話です。日曜、月曜とうちのジュニアチームでいろいろと聞いたりしたうえでの話です。

日曜日に、チームの他の指導者さんから、保護者さんの一部に焦りや悩みが見えるという話を聞いた。聞いてみれば、県の強化練習に参加している子たちの保護者さんのことで、別のチームから参加している子がかなり上達してきている、練習試合をしても勝てない、とのことだった。

僕は強化練習の場には行っていないので、去年の11月の大会で見て以来他のチームの子がどれほどレベルアップしているかは知らない。ただ、だからこそ見ていないものは鵜吞みにしないので、本当にそんなに変わってるの?という想いと、そもそもまだ大会が始まってもいないのに不安ばかり増幅させてどうするんだろう、と思った。そして、これとはしっかり向き合わなければならないとも。

日曜日の夕方にその話を聞いて、翌日月曜日の夜にはまた練習がある。日曜日の夕方に感じた事、思ったことが翌日の夜になって忘れていたりぼやけていたりしてはいけないので、スマホのメモに箇条書きにしたのが以下の内容である。

気を悪くするかもしれないが聞いてほしい

○○がすごく力をつけていると聞いた

で、春季大会はもう終わったのか?結果はもう出たのか? 

蓋を開けてみないとわからない 

正直、怒っているし、悲しい 

家族は一番の応援団であるべき 

子どもは親の顔色を一番見ている 

あなたは劣っていると、口に出していなくても、顔に出る、態度に出る、雰囲気に出る 

焦る気持ちはわかる、でも親が子どもに劣等感をもたせてどうする、不安にさせてどうする 

試合を戦うのは子どもたち、その背中を押してあげることに全力で集中してほしい 

協力してください

まぁまぁに感情的である。親が子どもを信じてあげられていない状況に正直怒っていたし、何で親が子どもを信じてあげないんだ!みんながんばっているのに!と、本気で悲しくなってきて涙が出た。

で、翌日。他にも強化練習会に行っている子がいるのでその保護者さんからも話を聞いてみた。聞いてみたら、確かに上達はしているけど、11月から劇的に変化したとは思わない、という声もあった。強化練習に行っている、次期キャプテンの子に「強化練習に来てる子で、こいつめちゃくちゃ上手くなったな~って子、いる?」と聞いたら、首をかしげて「みんな上達してるけど、似たような感じ」という答え。

てんで違う感じ方。やっぱり真実は見てみないとわからない。

そんなわけで、最終的に月曜日の練習で保護者さんに伝えた内容が以下。Facebookにも投稿したのですが、ほぼ転載です。

子どもたちを集めて「見て見て〜お父さんお母さんみんな怖い顔してる〜緊張してんのかな〜試合すんの僕たち私たちなのにね〜」と笑顔で明るく皮肉の爆弾を投下💣その後改めて保護者さんと向き合って話をし、まぁ細かいところは端折りますが、子どもたちが胸を張って試合当日テニスコートで輝けるように応援しましょう、一緒にがんばりましょうというようなことを伝えました。 
大人はしんどいですね。試合は子どもたちがするのであって親御さんができるわけではない。だから心配で仕方ない。僕はあくまで他人の指導者だから、その心中をある程度察することはできてもちゃんとわかることはできない。だから、子どもたちを信じましょう、信じる気持ちで自分を洗脳しましょう、不安は口に出さなくても顔に出ます、態度に出ます、言葉尻に表れます、子どもは親御さんのそれを察します、不安や心配は抱え込むぐらいなら僕で良かったら聞きます、あぁ結局話したことだいたい全部書いちゃった…笑

ちょっと言い方が優しくなりましたかね笑 前日の夕方には頭に血が上っていましたが、保護者さんの不安や心配を受け止めたうえで想いを伝えなければな、と思い、このような表現になりました。

そして、現場では言わなかったですが投稿は以下のように締めました。

本当はがんばらなくていいです。大会はある意味発表会だから、ソフトテニスというものを通じて最大限の自己表現をして輝いて、結果賞状がもらえたらヤッター!でいいです。守山ジュニアが大会に出るようになって5年、少しずつ勝ち上がれるようになってきて、だからこそ負けるのが怖くなってるんだろうなぁ。負けたくない!は本人たちだけで十分です。大人はどんな結果だったとしても「よく頑張ったね!」と笑顔で受け止めてあげてほしい、そういう気持ちで送り出してあげてほしい。 
子どもも大人もチームも、まだまだ成長途上。

「がんばらなくていい」 は、主に大人に対してです。子どもは楽しければ勝手にがんばります。大人は、我が子・教え子のスポーツについてはコントロールの効かないことなんだから、がんばりが過ぎると躍起になって価値観が狂います。そうすると、大半の子どもが楽しくなくなります。

最近、僕の考え方や子どもたちへの接し方などについて、僕が一番褒められて嬉しい人からお褒めの言葉をいただくことが少しずつ増えてきました。素直に嬉しいです。良いと言ってもらえる部分は芯を持ちつつ、今の自分が絶対的に正しいとは決して思いこまないように。

僕が成長すれば、きっと子どもたちも一緒に成長してくれる。

2021年2月27日土曜日

全集中、焼き鳥の呼吸、なんちゃって。

無性に焼き鳥が食べたくなる時がある。割としょっちゅう。

僕の日常生活の動線にはいくつかの焼鳥屋がある。何度か行ったことのあるお店、実は昔から馴染みがあって店長とも顔見知りのお店、全国展開チェーンのお店。僕が焼き鳥を食べたくなったとき、この中のどれを選択すると思いますか?



答えは、3つ目の「全国展開チェーンのお店」なんです。ちなみに鳥貴族です。



なぜか。



「焼き鳥を食べたい」という欲求を満たすことに集中したいからです。

シンプルに、それだけに集中するには、日々の動線の中では鳥貴族が一番適していると判断しているからです。誰かと話しながらゆっくり飲みたいときは馴染みのあるお店に行くでしょう。ちょっと冒険心を満たしたいときは新しいお店の開拓に行くかもしれません。でも、時折やってくる「ただ、焼き鳥を食べたい」という欲求を満たすのに、時間とお金をオーバーに費やしたくない。だから、鳥貴族。

そんなわけで、今日も一人で行ってきて、ビール一杯といくつかの串、おつまみを注文し、小一時間も滞在しないうちに帰ってきて自宅での作業を再開させています。今日はちょっと頭が疲れている感じがするので、誰かとゆっくり話しながら飲みたい気分でもなかった。ちなみに昨日は、馴染みのお店に行って(焼鳥屋ではない)ゆっくり飲みながら、少し酔いも回って、常連さんとの会話に笑い、楽しく過ごしてきました。

さて、明日はどんなモードかな。


追記。

やっぱり頭は働いていないようで、この記事を書き始めたときに本当に書きたかったことをすっかり忘れていました。

飲食店に限らずサービス業というのは接客部分をアルバイトに頼るケースが非常に多く、今日行った鳥貴族もその例に漏れずだと思います。大雑把なイメージというかくくりとして、飲食店についてはやはり大規模なチェーン店よりもオーナーとの距離が近い個人経営店などの方が同じアルバイトでも接客レベルが高いことが多いんですよね。必ずしもそうではないですし、異論はあると思います。

ただ、僕の家の最寄りの鳥貴族についてはここ数ヶ月で接客レベルの向上を感じていて。でもオペレーションはほとんど変わっていないはずだし、何が変わったんだろうと考えてみたんです。

僕の感じたところでは「笑顔」と「声のトーン」でした。

メラビアンの法則というのがありますね。コミュニケーションにおいて相手に伝わるのは見た目の表情や仕草など視覚情報が55%、声の質や速さ、大きさ、口調など聴覚情報が38%、話の内容や言葉そのものの意味など言語情報は7%で、人は話しているときに話の内容何て7%しか受け取ってないって話です。ホンマかいな!って話ですが、今日のケースなんかまさにそうですよね。

注文した料理もすべて届いて、いくつか食べ終わったお皿をテーブルの脇に寄せていると店員さんがやってきて「こちらお下げいたしますね。少々お待ちください。」と笑顔で、明るい声で言われたんですけど、今考えたら何を待てば良いんだって話ですよね。若干心の中で突っ込みましたが、お客さんもそれなりに入ってましたし、忙しくて余裕がないんだなぁと受け止めることができました。これが不愛想な表情と声で言われていたら、何も考えんといいかげんなこと言ってるなぁと感じたかもしれません。要はその店員さんに好印象を持っているかどうか、だけなんですね。

鳥貴族は全品298円というリーズナブルさがウリです。ですが、リーズナブルなだけでなく気分よく食事をできる時間を提供してくれるなら、付加価値としては十分ではないでしょうか。

今後も、ただ焼き鳥が食べたいだけの時は行くことになるでしょう。

2021年2月25日木曜日

ソフトテニスのプロとして生きる人。

 ルーセントテニスクラブ主催、プロソフトテニスプレーヤ―の芳村玲さん講習会に行ってきました!

芳村玲さん

2020年夏、日本で3人目のプロソフトテニスプレーヤーを宣言されました。船水颯人さん、船水雄太さんがいずれも後衛であるのに対し、芳村プロは前衛です。前衛としてのプロは初、ということですね。詳しいプロフィール等については芳村玲さんの公式ウェブサイトをご覧ください。

ルーセントテニスクラブ豊中へ


今回は大阪へ来られるとのことで、午前中は豊中、夜は枚方のルーセントテニスクラブさんで講習会が行われました。僕は2歳の子どもを連れてなので午前中、見学だけということでお邪魔させていただきました(見学だけでもOKか事前にルーセントテニスクラブさんに問い合わせたところ、快く承諾いただきました。ありがとうございます!)

ちなみに、豊中のルーセントクラブさんはハードコートが横並び4面で設置されています。今回は観覧エリアから手前2面が講習会、吊り下げネットで仕切られた奥2面は硬式テニスの利用者さんがおられました。ルーセントさんのウェブサイトをご覧いただければわかると思いますが、もともとあったテニススクール(クラブ)の再生事業として行われているようです。

芳村玲プロの指導


さて、ここからは僕も一人の指導者として子どもたちに関わっている手前、少し偉そうな書き方になるかもしれませんがご容赦ください。

今回の参加対象者は小中学生とのことで、僕の見学した講習会も小学生の女の子と中学生の男子、女子が参加していました。彼らのソフトテニス歴はどれほどかはわかりませんが、こうしてプロの指導と触れる機会を得るために来ることがすばらしいですね。

芳村玲プロの指導を見ていて感じたのは、課題を発見する力があることとそれを改善するためのプロセスの考え方がわかりやすくて良いな、ということです。これはトップレベルの人であってもそうでなくてもありがちなことなのですが、人にソフトテニスを教える時に「こうやってみて、ああやってみて」という本人の意識に頼った指導をよく見かけます。ですが、本人たちは「こうやる、ああやる」の方法がわからず課題となっているわけです。

例えば今回の講習会のワンシーンで言えば、中学生の男の子がクロスから飛んできたボールをストレートにコース変更できない。ならばどうするか。芳村プロはまず極端に右に打たせました。コートの外のあさっての方向に打たせ、最終的には真横でスマホを構えてるコーチの方の方に飛ばしてみよう、という具合に。スイングの構えを変えずにそれを行うことで、本人には打点を遅らせることで打球の飛んでいく方向をコントロールする感覚がわかってきます。そこからまた少しずつコート内に戻していくことで、打球がストレートのアレーゾーン内に収まるようになってきました。

指導をする上で狙ったところに打たせたい場合、最初から狙える人もいれば狙う感覚が良くわからない人もいます。その時に、ただ闇雲にそのポイントを狙わせるのではなく、あえて極端なことをする。こういうプロセスは僕も大好きです。

プレーヤーとしても、指導者としても


芳村プロは昨年夏にプロ宣言されたばかりです。今後も小学生や中学生など未来のあるソフトテニスプレーヤーに技術だけでなく楽しさを伝えていきたいと仰っていました。2020年はコロナ禍で大会がほとんどありませんでした。2021年は大会での活躍も期待したいです。

それと並行して、今回のように全国各地で講習会も開いていくとのこと。先にも述べたように、芳村プロは課題を発見する力と改善プロセスの考え方が現時点でも備わっておられると感じました。これからどんどんブラッシュアップされていくことで、指導者としても素晴らしいプロになれるのではないでしょうか。

あと、芳村プロのSNSをご覧いただければわかりますが、キャラクターも素晴らしいです(笑)寒い冬の海に移動素振りで入水していく動画は笑わせてもらいました。愛される、応援されるプロであってほしいですね。

写真


 

 


画像提供:芳村玲プロ

画像提供:芳村玲プロ



動画を含むデータ一覧は以下のアルバムにアップロードしております!


芳村プロ、これからも応援しております!

2021年2月23日火曜日

あの人の代わりはいない!ことがすでに大ピンチ。

 まずはこちらのtweetをご覧ください。

漫画家・一智和智さんがTwitterで掲載されている「便利屋斎藤さん、異世界へ行く」の一幕です。斎藤さんが風邪をひいてしまいパーティから離脱している間、他のメンバーが魔物退治中心に活動していたところ、パーティの潤滑油となっていた斎藤さんがいないことで困った、という話。

斎藤さんは転生して後からパーティに加わったメンバーです。それまではラエルザ、モーロック、ラファンパンの3名のパーティで成立していました。悪い言い方をすれば、もともと斎藤さんは「このパーティにとって特に必要とされていない人」でした。

一方で、転生する前便利屋の従業員として働いていた斎藤さんは、代わりはいくらでもいると言われながら仕事をしていました。つまり、元居た世界でも特に必要とされている実感を得られていなかったわけです。

しかし、このパーティ、というよりこの世界では斎藤さんの代わりはいません。これは斎藤さんにとって自己の存在価値などを大きく見直すきっかけとなります。その辺は漫画本編の方で十分ご覧いただけるとして…。

ここで触れたいのは「「この人の代わりはいない」と言われる人のすばらしさと、その状況を作っている組織の脆さ、弱点」というお話です。

斎藤さんは、もともと持っていた便利屋としての能力をダンジョン探索で役立てることに加えて、前線に立つ戦士には敵に合わせた武器の供給をし、後衛の回復役の盾となり、呪文の詠唱の文言を忘れがちな魔法使いの補助を行うなど、自らの努力と工夫でパーティにおける立ち位置を確立させていきました。これは斎藤さんの努力の賜物であり、このお話の正の面の教訓だと思います。立場は何もせず待っていれば与えられるものではなく、自らの努力と工夫で作り出すことができる。なんだかコロナ禍の現状と少し似ていますね。

片や、パーティとしては斎藤さんというピースが欠けたとたんに機能しなくなりました。これは、組織において「あの人がいるから大丈夫」と思われていた人(思われていなくてもそういう存在になっていた人)が不測の事態でいなくなると、極端に言えば内部から崩壊してしまうという事態を招くことと重ねて見ることができるなと思いました。もちろん、漫画内のパーティはもともと少人数のユニットなので代役を臨時で補填することは難しいですが、現実でもそのような組織はおそらく山ほど存在します…。

ではどうするべきか?私見ですが、例えばこのパーティでは斎藤さんが担っていた役割を残った3人でうまく分担することが必要でしょう。そのためにはまず、斎藤さんが担っていた役割を可視化して各自が認識する必要があります。おそらくこのパーティはそれぞれが斎藤さんに助けられていることは自覚していても、それがパーティの他のメンバーにも及んでいてその相乗効果でパーティがうまくいっていることまではきちんと認識してないのではないかと思います。現実の組織でもそうです。組織の要となっている「あの人」が担っている役割を正しく認識する必要があります。そのために、その人が行っていることを可視化・言語化・手順化する必要があります。こうすることで、非常事態が起こって欠けた人の穴を埋める必要が生じたとき、組織が機能しなくなることを少しでも防げるのではないかと思います。

少し読み方を変えると、正負の両面を表した教訓だなぁと感じたお話でした。

(余談ですが、組織の要の人の役割を可視化・言語化・手順化する作業って、往々にしてその要の人本人に押し付けられがちですよね…笑)

2021年2月22日月曜日

重箱の隅の衣をつつく。

 とんかつの衣はサクサクであってほしい。


これに尽きます。今日伝えたいことはこれだけです。

昨日、家族で少し出かけた先でとんかつ屋さんに入り昼食をいただきました。どうせなら良いものを食べようと思い、ブランド豚のロースカツを頼んだんですよ。これ自体はすごく美味しかったんです。でもね…


衣の下側が湿気ってふにゃふにゃだったんですよ。


味に影響はないんです。食感だけの問題なんですよ。でも、気になるんですよ。

そのとんかつは皿に直接触れないように金網みたいなやつに乗せてあったんですよ。

こういうやつ↓


だから、添えられているキャベツやそこから漏れだしてくるであろう水分とは直接触れていないはずなんです。

な の に !

ふにゃふにゃだったんですよ。




解せない。




これで2,400円(税別)取られたことが解せない。




細かい話かもしれないけど、どうしても気になってしまった話。

ちなみに、本当に自分好みのとんかつが食べたくなったときは隣の市にある某定食屋さんに行きます。そこは1,000円ぐらいの定食でかなり分厚いロースとんかつの定食を食べられます。衣はサクサクです。こちらについては同じ記事内で書くと僕が愚痴っているのがその店のことだと誤解を生んではいけないので、機会があれば別のときに。

2021年2月20日土曜日

スルースキル。

 「自分にとってプラスになる言葉にだけ耳を傾けなさい」文言は違えど、このようなニュアンスの言葉は世にあふれていますよね。スルースキル、大事。これは間違いない。ただ、この言葉自体を都合よく解釈しちゃってないか、というお話。

そもそもなんでこんなことを思ったかというと、昨日Twitterを見ていて久しぶりにこの人のtweetが流れてきて、それに対するリプライを辿っていたから。


ゆきぽよこと木村有希さん。

少し前に知人男性をめぐる騒動がありましたが、そちらはここで深掘りしていく話ではないので知りたい人は各自で検索を。

で。騒動もあってゆきぽよさんはSNSでの発言もしばらく控えていましたが、昨日約1か月ぶりにTwitterへの投稿がありました。こういう時のリプライ欄って、励ましの声やなおも批判する声などが入り混じってカオスになりがちですが、今回の場合はどうだろうと思い覗いてみると一つ気になったリプライがありました。

「みんながみんな好意的ではないのが世の中。好意的な人の言葉だけを聞きましょう」

心を健康に保つうえで、悪意を持って言葉を投げかけてくる人の言うことをスルーしていくのは大事です。一般の人でもそうですが、著名人で人の前に立つ人ならなおさら。僕も普段から心がけています。

ここで気になったのが拡大解釈です。悪意ある人が悪意ある言葉を投げてくるのは当然。これはスルーしましょう。ですが、自分に好意的に接してくれる人の言葉が批判的だったら?すべて受け入れますか?

これは難しいなぁと感じる部分で、好意的に接してくれる人の言葉でも何も考えずにすべて受け入れるのは違うし、かといってそんな人の言葉さえ届かなくなったらもし道を誤っていたとしても気づけないし。だから取捨選択をしなければいけないと思うんですね。良かれと思って言ってくれていることでも、お節介なこともあれば金言であることもある。

拡大解釈して「自分の意に反することを言われても全部スルーすれば良いんだ!」となったら、それはそれでいかがなもんかな、というところに思い至った、というお話でした。

(あと、ゆきぽよさんは彼女なりに大切に思ってくれている人たちの言葉に耳を傾けていることと信じます)

2021年2月19日金曜日

遊びの天才。

 昨夜、息子(2歳半)がお風呂の壁に濡らしたタオルを貼り付けて遊んでいた。



すごく当たり前のことなんだけど、水を吸ったタオルはその水の表面張力で壁に貼り付いている。大人なら理屈がわかる人が大半だし、そうでなくても「濡れたタオルは貼り付く」というのは経験から理解している。ちなみに我が家のお風呂では息子の為に壁に貼り付けるタイプのお風呂用お絵描きシートを使用していて



こんな感じ。これにお風呂用のクレヨンでお絵描きをして、息子はお風呂時間を楽しんでいる。
(このシートは妻がどこかしらで買ってきた)

どうということのない日常のワンシーンなのだが、僕はこの様子を見たときに「こいつすごい発見をしよった!」と思い、思わず風呂場から妻に呼びかけスマホを持ってきてもらい写真を撮って「よしくん(息子)がすごい発見をしたよ!」と自分の手柄のように報告した。

子どもは表面張力なんて言葉も原理も知らない。が、「タオルもシートと同じように濡らせば貼り付くのではないか」という発想を得たことに驚いた。いや、これが「壁に貼り付いているシート」から着想を得たのか「濡れたタオルが何かに貼り付いている様子を他のところで見た」からなのかはわからないし、残念ながらご本人にそこの確認を取ろうにも説明はしてくれない。

これは発明だと思う。

人は成長するとともに経験を積み、その経験から様々なことを推測することができるようになる。だがそのほとんどは、危険を回避するための防衛的役割に割り振られているように感じる。

片や、経験の少ない子どもはどうか。「こうしてみたらどうなるだろう」「こっちに行ってみたら何があるかな」経験がないからこその冒険心・探求心で、危なっかしいことこの上ないが、ときに思いがけない発見をする。

大人は「経験則」を取っ払って考えることを怖がる。不思議なことではなく、そもそも脳とは「いつも通り」以外のことを避けたがるようにできているらしい。しかし、ときにこの経験則を取っ払って物事を見てみると、素晴らしい世界が見えてくるかもしれない。地獄を見るかもしれない…笑 ただ、間違いないのは、停滞しないということ。

今、停滞している場合ですか?そうじゃないのは、そんな時代じゃないのは誰もがわかっていることだろう。時には「遊びの天才」に倣って、経験の外にあることに飛び込んでみると良いかもしれない。

素晴らしいお手本は、すぐそばにいた。

2021年1月27日水曜日

SDGsを学びましょう。

「 お笑い芸人と学ぶ 13歳からのSDGs/たかまつなな」をご紹介いたします。



SDGsについて共に学び、考える本


本書のタイトルにある通り、お笑い芸人でありジャーナリストでもあるたかまつななさんと主にSDGsについて学び考える内容となっています。SDGsとは何か、世界には今どのような問題があるか、SDGsの取り組みによってどのようなことが実現できるのか、といったことが本書から学べます。


SDGsとは?



各所でロゴマークを目にしたことがある方は多いかもしれません。Sustainable Development Goalsの略で、日本語に訳すと持続可能な開発目標、となります。ここまでは見聞きしたことがあっても、じゃあ実際にその目標って何?何をすればいい?行動しなければどうなる?はそれほど知れ渡っていないようです。しかし、SDGsが国連で採択されたのは2015年であり、目標達成は2030年に設定されています。この記事を書いている現在で採択から5年経っており、目標達成まで10年を切っている状況、本当にこのままで大丈夫でしょうか?


SDGsの17の目標


  1. 貧困をなくそう
  2. 飢餓をゼロに
  3. すべての人に健康と福祉を
  4. 質の高い教育をみんなに
  5. ジェンダー平等を実現しよう
  6. 安全な水とトイレを世界中に
  7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに
  8. 働きがいも経済成長も
  9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
  10. 人や国の不平等をなくそう
  11. 住み続けられるまちづくりを
  12. つくる責任 つかう責任
  13. 気候変動に具体的な対策を
  14. 海の豊かさを守ろう
  15. 陸の豊かさも守ろう
  16. 平和と攻勢をすべての人に
  17. パートナーシップで目標を達成しよう

本書の優れているところの一つとして、17の目標について「たかまつななさん自身が体験したこと」「身近な事例と絡めて読者に自分事感を持たせる」「何が問題かを具体的に述べる」「問題を数値化してわかりやすくする」「これらを踏まえて読者自身がアイデアを考えるよう促す」ということをすべて見開きで完結させているということが挙げられます。具体的で、身近で、長ったらしくなく。知識を与えるだけでなく読者にも考えることを促す。良い構成だと感じました。

購読のハードルを上げも下げもする「13歳からの」というフレーズ


「○歳からの」「○年生からの」という表現の入ったタイトルの本をここ数年でよく見かけるようになりました(○○の9割は××みたいな表現もはびこってますね)私はこれを見て「SDGsについて理解していない自分のような大人でも安心して読める」と感じて購入しましたが、このようにハードルが下がることもあれば「大人の自分が13歳からの本を読むなんて…」と思ってしまう人もいるかもしれません。この本は、大人も学べて、子どもも一緒に学べます。特別授業の教材としても活用できそうですね。この本の内容そのままに進行したら授業一つできると思います笑 特に第5章は現在の社会問題について相反する二者の意見を提示してどうすればよいか考える、いわばディベートの形式になっています。ここを使ってそのままディベートできます。

今日からできる100のアクション、あなたはできる?


日々の生活の中でSDGsの目標達成に近づくための100のアクションが提案されています。全部はできないかもしれない。でも、この中の1つ2つのことをあなた一人が始めたとして、その輪が100人1000人10000人と大きくなれば、それは大きな渦となります。0か100かではなく、まずは1を始めることです。

まとめ


なんだかまだよくわからないことも多いだろうSDGsについて、一人でも親子でも授業にしちゃっても学べる、優れた本だと思います。SDGsに関心はあったんだけど…という方も多いと思いますので、ぜひご一読を。



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2021年1月23日土曜日

がんばりまなふぃ。

今回は、私が応援してやまない日向坂46のあるメンバーについて書きたいと思います。私は残念ながら日向坂46のライブや握手会には参加したことがありませんが、楽曲を聞いたりテレビ番組での活躍などを通して応援しています。

高瀬愛奈さん

  • 一期生
  • 1998年9月20日生まれ
  • 大阪府出身 ただし、小学4年生から中学1年生にかけてイギリス居住経験あり
  • 身長 157cm(2021年1月現在)
  • 血液型 A型
  • 愛称 まなふぃ
  • 特技 英語、フルート

どんな人なのか?


英語も話せるが、その他の科目もできる才女


イギリスでの居住経験があるので、高瀬さんは英語が堪能です。その特技を活かして、NHK「不可避研究中」に出演し、海外に住む同世代の方と英語でテーマトークを繰り広げました。
加えて英語だけでなく、他の科目もできる才女。グループ冠番組「日向坂で会いましょう」で行われた第2回学力テストでは国数英理社と一般常識の6科目のうち3科目でグループ内最高得点を出し、見事ペーパーテストで1位を獲得しました(その後の早押しでは5位)。本人は国語に苦手意識を持っているようですがそれでも平均点以上は獲得しており、グループ内では勉強もできるキャラで定着しています。
あと、これはあまりフューチャーされていないような気もするのですが、ひらがなけやき時代に冠番組「ひらがな推し」で行われた第1回学力テストでもペーパーテストで上位に入り、その後学力女王を決める早押しクイズにも出場したのですが、頭の柔らかさを求められるなぞなぞのような問題を2問正解しており、知識だけにとらわれない柔軟な発想もできる人であるようです。

グループではツッコミ役、でも天然?


本人曰く「大阪出身なのでツッコミたくなる」らしいです。実際、グループ冠番組などでもボケに回りたがるメンバーが多い中、鋭い一言でツッコミを入れる場面が良くみられます。決して発言数の多い方ではないですが、ズバッと切り込んだ一言がスタジオでも盛り上がってテロップにもされることが多いです。
なのでしっかりした常識人さんなのかと思いきや、意外と天然というか、抜けているところもあるようです。ドラマ「Re:Mind」撮影時には自分のセリフのところを飛ばしてしまい、監督から「高瀬だぞ!」と叱られたことがあり、メンバー内で一時「高瀬だぞ!」が流行ったらしいです。

運動は得意ではない?


学力テスト上位で、観察眼も鋭くコメントのキレもある高瀬さんですが、運動はそれほど得意ではなさそうです。個人的には…ちょっとポンコツな感じがします笑
ひらがな推し」のダンスが下手なメンバーアンケートでは、同じ一期生の潮さんに「動きが独特な時がある」と一票を入れられてしまったり、走高跳びを何度も跳べない、ゴルフのパターを何度も外す、縄跳びの二重跳びを要求されても一発目で引っ掛けるなど、運動系の企画である意味存在感を発揮しています。ただ、「HINABINGO!」での小藪一豊さんとのPK対決では唯一ゴールを決めるなど、ときに予想外の活躍をする場面もあります(やはりサッカーの母国イギリスに住んでいたからでしょうか笑)

控えめに見られがち、でも前に行きたい気持ちは強い


冠番組でも決して前に出てくる場面が多いわけではなく、控えめに見られるかもしれません。しかし、ご本人は今の立ち位置に満足していないというか、危機感を持っているようです。
日向坂46は2020年にテレビ出演数を大きく伸ばしました。冠番組以外のバラエティーや情報番組にメンバー個人が呼ばれることも多くなりましたが、高瀬さんはその数が決して多かったとは言えません。ご本人もそのことは当然自覚しておられ、メンバーの活躍を喜びながらも自分自身に対する焦りのようなものも持っているようです。楽曲フォーメーションの立ち位置も三列目で、そのことについて正直に「悔しい」という想いをブログにつづっておられることもありました。

なぜ今、高瀬愛奈さんなのか


理由はシンプル。
埋もれてほしくないからです。
もちろん他にも表に出てきてほしいメンバーはいますが、日向坂46というグループが世の中の色んなところに出てきた今、一期生の高瀬さんにはもっと活躍の機会が回ってきてほしいと切に願います。本人の想い、努力が報われますように…。

最後に…


これだけ高瀬愛奈さんの話をしてきましたが、
私は松田好花さん推しです。
いや、もちろんみんな好きなんですどね!

2021年1月17日日曜日

とんかつ

 今日のお昼ご飯は分厚いとんかつでした。



ご飯は周りの人に合わせて大盛になりました笑

滋賀県草津市の浜街道沿いにある「とら吉」というお店なんですが、ボリューミーな定食が食べられるのでおススメです。味も良いですよ。



たくさん食べましたが、本日私のスマートフォンが関知した運動成績は以下の通りです。


明日もがんばりましょう!

2021年1月15日金曜日

身体づくり

 正月、1年ぶりに体重計に乗ったら10㎏太ってました。

太っていっているという実感はありました。が、特に何も対策を講じませんでした。せいぜい+5㎏ぐらいかな、と思っていたら10㎏でした。目も当てられません。

35歳になる2021年、身体づくりに取り組むことにします。体重計はあえて年末まで乗りません。下半身に肉が付くタイプなので、下半身を絞って上半身には筋肉をしっかりつけたいと思います。憧れの厚い胸板を手に入れたい…!

とりあえず今年に入って始めたこととして

  • 積極的に自転車移動をする
  • ソフトテニスの指導の際に自分も積極的に動く
  • 子どもたちに課すトレーニングを一緒にする
  • 自宅では上半身のトレーニングを行う
  • 夜遅くに食べない(特に炭水化物)
  • お菓子もできるだけ食べない
という生活を進めています。

大事なのはこのテンションをキープすることです。これは宣言書です。1年後の自分を楽しみに励みます。

2021年1月6日水曜日

滋賀県守山市 中古車販売会社での事故

 2021年初早々、地元で痛ましい出来事があった。中古車販売会社を経営する父親が自社の駐車場でフォークリフトを運転し、フォークの部分に娘2人を乗せて遊ばせていたところ娘が振り落とされてフォークリフトに引かれてしまい、姉が重傷を負い妹の方は亡くなったという。


言わずもがな、フォークリフトのフォーク部分に子どもを乗せて遊ぶのは安全意識の欠如である。子どもはその危険に気づけないかもしれないが、大人は気づくべきだっただろう。


運転していた父親も、事故には直接関与していない母親も、気持ちのやり場がないだろう。そこが一番気にかかるところである。道交法で取り締まれる案件でもない。身内が身内を不慮の事故で傷つけてしまったからこそ、やりようがない。


自分も子を持つ親として、超えるべきでない一線を考えていかなければならない。